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 ◆ 3386号(2月2日発売号掲載)

いま世に出るべき書

生活史研究の理論書であり、社会調査の実践書であり、ある種のノンフィクションとしても読める方法論的マニフェスト
評者:石原俊

 ■本書は、社会学者としての著者の――周知のように著者には小説家などとしての顔もある――方法論的マニフェストであり、ひとつの大きなテーマに貫かれている。他方で、本書は実に多様な相貌をも見せる。まず副題にもあるように、本書は社会学の一領域をなす生活史研究の理論書である。そして本書は、社会調査の実践書でもある。さらには、ある種のノンフィクションとして読むこともできる。それぞれの側面から、本書にどのような意義や魅力があるのかを、限られた紙幅のなかで論じてみたい。

 第一に、生活史(ライフヒストリー)の理論書としての本書について。

 本書はまず、著者と同様に日本社会の差別を主要な調査テーマにしてきた、代表的な生活史研究者の方法論を批判的に検討していく。被差別部落で聞き取り調査をするなかで、「私は、生まれてから今まで、まったくこのムラから外にでたことがないので、差別された経験は全然ありません」という高齢女性の語りに出会ったとき、研究者はその語りをどのように受けとめたらよいのだろうか。あるいは、沖縄から本土へ出稼ぎに行き後に沖縄へUターンした人たちに対して聞き取り調査を実施したところ、「差別されたから帰った」という語りがまったく得られなかった場合、研究者はその結果をどのように取り扱えばよいのだろうか。

 一つめの被差別部落在住女性の語りに対して八木晃介は、被調査者の語りの内容(「差別はなかった」)を、自らの理論(「差別は存在する」)のほうに適合させるために、結果的にほぼ全否定した。これに対して、二つめの沖縄からの出稼ぎ経験者の語りに対して谷富夫は、被調査者の語りの内容(「差別はなかった」)を、さしあたり事実とみなして採用し、記述している。いっぽう、被差別部落を主な調査対象とする桜井厚は、差別に関する右のような研究者の問題設定(「差別は存在する/しない」)自体が、しばしば調査者から被調査者への一方的な「カテゴリー化」の権力行使となりうると批判し、それを回避するために、被調査者の語りのなかで表現される「多元的リアリティ」(アルフレート・シュッツ)を描きだす方法論を提唱した。

 本書で著者は、八木の演繹主義的傾向と桜井の相対主義的傾向をともに厳しく批判し、中野卓やダニエル・ベルトーそして哲学者のドナルド・デイヴィドソンを援用しながら、谷の実証主義的方法論を内在的に乗り越えようとする。そうして導かれるのは、被調査者の「差別はなかった」という語りに対して、一方で差別の存在可能性を棄却せず、他方で調査者自身が従前保持していた「差別についての理論」自体に必要な変更を加えていくという、中範囲的なスタンスである。

 評者の社会学的立場は、桜井の議論の前提にある批判的問題意識を共有しつつ、データ分析の方法論については、被調査者の語りの迫真性を重視する点で、著者にかなり近い。ポスト構造主義的な批判の諸論点を十分咀嚼したうえでなお、中範囲的水準――メゾ・レベルと言ってもよい――での歴史/社会記述の事実性と論理性を確保することが、社会学に限らず、現下の人文社会科学の中心的課題だと考えるからだ。評者は、自分の調査経験をふまえるとき、次の著者の論述に深く首肯する。

 「沖縄の戦争や戦後の生活史を聞き取るときには、語りに登場する歴史的な事件や出来事については、その都度事実関係を調べながら文字起こしと編集をおこなう。そしてその際に、上記のようなささいな間違いが含まれていることは、とても多い。語りそのものを書き換えることはしないが、必要なら事実関係についての注釈をつけることもある。/そして、そのような作業をおこないながらいつも思うのは、人びとの語りがいかに歴史的事実と「合っているか」ということである。この二つの語りはそれぞれ、実際の事件の、ほぼ正確な描写になっている。不発弾の処理、米軍の上陸船艇、島の連絡船、荷崩れ、膨大な数の一般市民の犠牲者。」(/は原文の改行)

 だが、それゆえに、評者は次のようにも願わずにはいられない。著者を含む実在主義者、桜井を含む構築主義者、本書ではほとんど論及されなかったエスノメソドロジスト、そして歴史社会学者、これら社会学の諸潮流に属する研究者の間で、無用な敵対と分断が拡がることなく、対話と協働が進むことである。

 第二に、本書の社会調査の実践書としての側面について。

 質的なデータとりわけ口述データを用いる調査者は、調査結果の「正しさ」――妥当性や事実性と言ってもよい――をどのように確保しうるのだろうか。著者によればそれは、最も広義の関係者から調査者への介入や評価、そして関係者と調査者との対話や調整を通して獲得される。ここでいう関係者とは、被調査者が属する集団はもちろんのこと、関連領域の研究者、行政関係者、アクティビスト、メディア関係者、さらには報告書・論文の読者などをも含む。質的調査の「正しさ」は、「社会的」に確保されるしかないのだ。

 「語りの現場を、それが発話されているその現場だけでなく、その前後数ヵ月あるいは数年にわたる長いプロセスとして考えると、聞き取りというものが、語り手と聞き手が共同で鉤括弧を外していく作業である、ということがより明確になるだろう。」

 加えて、本書が社会調査論として意義深いのは、量的調査の「正しさ」さえもが、質的調査のそれと同様、「社会的」にしか確保されえない局面を論じた点にある。実際に社会調査に従事したことのない人はもちろん、社会調査をなりわいとする研究者でさえ、量的調査の「正しさ」はもっぱら、サンプリングの代表性、確率論的有意性、そして調査の再現性によって得られると考える向きは多い。だが著者によれば、そうした理解はいくらか間違っている。

 本書は、著者を含むグループがおこなった大阪市内の被差別部落の量的調査プロジェクトを取り上げ、アンケートの調査票から数値データが獲得されるプロセスで、調査者や関係者の間で生じた葛藤や調整の事例を、これでもかというほど挙げている。被調査者による脱コード化や再コード化の実践に対応して調査者が調査票を書き換えたケース、あるいは調査者がコード化の困難に直面して調査票の分類そのものを棄却してしまったケースなど、実に豊富な「ノイズ」の事例群だ。本書の後に刊行される量的調査についての日本語の教科書や概説書が、こうした「ノイズ」の存在にいかに言及する/しないのか、わたしたちは注視しておいてよいだろう。

 だが何より第三に、本書はある種のノンフィクションとして読まれるときに、最も輝きを放つのではないかと、評者は考えている。

 著者は近年、数名の社会学者と一緒に、「沖縄の階層格差と共同体」に関する調査プロジェクトを進めてきた。周知のように沖縄では、米占領下で軍人・軍属相手のサービス業と軍需用の土木建設業を軸とする「基地経済」が形成され、これが施政権返還後に観光業と民需型公共事業にとってかわられた。21世紀に入って、県内総生産中の基地関連部分は約5%に下がったが、観光関連業が経済の主要部分を構成し、雇用が不安定な第三次産業中心の構造は継続している。日本復帰後一貫して、賃金が全国最低水準、失業率が全国最高水準、生活費が高コストの沖縄の経済社会は、高度経済成長期以後の本土の中間層が一定保持してきた「溜め」に乏しく、内部の階級格差も非常に大きい。

 「沖縄の階層格差と共同体」調査における著者の担当は、大学を出て教員・公務員などになった沖縄社会の「安定層」が、地元のネットワークや伝統文化といかに関係しているのかを、聞き取り調査によって明らかにすることであった。著者らは、「安定層」が「中間層」や「不安定層」に比べて、地元のさまざまなネットワークや伝統文化からの距離が最も大きい、という仮説を立てていた。そして、実際に多くのインタビューイーから、仮説に適合するような語りが得られたという。

 だが、この調査の過程で著者は、現在は教員として「安定層」に属する一女性から、過去の次のような経験を明かされることになる。この女性は、教員の母親をもち文化資本が相対的に豊かな環境で育ったが、地元の小中学校が「荒れて」いたこともあって、中学校1年生のときには、スクールカースト最上位のヤンキーグループの頂点にいた同級生の女子「たかこ」(仮名)と仲がよかった。女性は、成績がよいことやピアノを習っていることを隠しながら、「たかこ」らと一緒にタバコを吸ったり、暴走族の「ギャラリー」としてコザ(沖縄市)の繁華街に繰り出したりしていた。

 だが、「たかこ」とその友人の女子が、中1の終わりごろ、暴走族のヤンキーグループの男たちにナンパされ、友人のほうがレイプ同然の「初体験」をさせられる。2人はその後、風呂に入らせてほしいと女性の家にやってきた。こうした事件をきっかけに、女性は「たかこ」らから離れる決意をする。そして、「地元捨て」て、高校から大学、東京の大学院へと進学し、沖縄にもどって母親と同じく教員になった。

 いっぽう「たかこ」は、中2になると学校にほとんど顔を見せなくなり、中3のときには母親の飛び降り自殺を目の前で経験する。そしてその後、「シャブ漬けにされて」、「ヤクザに買われ」て「消え」てしまった。

 女性は、「たかこ」のグループから抜けるきっかけになった出来事を、著者に次のように語っている。

 「たとえば、ちょっとリアルな感じの話するね。なんか、私もよくわからないので、話してみますね。[…中略…]それで、いまともかく体がすごいべとべとで気持ち悪くて、お風呂に入らせてって(言われた)。で、わかった、なんか飲みたい? って聞くと、ココアとか飲みたいって。/なんかこう、私の感覚だと、ものすっごい疲れてるひとがそれ飲みたいものって感じでしょ。だから、わかったって、つくるんだけど、なんてったらいいかな。きついこと? っていう感じを、私はもっていて。で、そのひともきつそうに見える。で、どこをフォーカスするかでぜんぜん違う感じなんだけど、私のリアルは、「ココア飲みたい」なんです。」(/は原文の改行)

 また、著者は2015年、以前の勤務先であった龍谷大学社会学部の「社会調査実習」の授業で、15名の学生を率いて、沖縄の高齢者を対象とする生活史の聞き取り調査をおこなった。このプロジェクトは、著者が沖縄をフィールドとする研究者であるから実現したわけだが、同時に、大学のカリキュラムや「社会調査士」資格といった、さまざまな制度的枠組みのなかで立案された調査でもあった。著者は、連携先である地域の老人クラブから、約20名の高齢者を紹介される。そのひとりである、当時80歳の女性が、沖縄戦の最中に県内の離島で起きた集団自決の生き残りだと名乗った。

 1945年3月末、米軍が島を取り囲むなか、女性の村の住民は、日本兵に指示されて山に登った。そこで、各家族に手榴弾が配られた。だが、集団自決が起こっている現場で、女性の母親が突然、「命どぅー宝だー」と叫ぶ。家族は立ち上がって逃げた。女性は父親に手を引かれていった。だが逃走の途中で、米軍が発射した迫撃砲が、父親を直撃した。

 「私はびっくりして、逃げようとしたのに、土とか石とか、飛んできて、私の背中にぼんぼん当たるわけですよ。」

 その後、女性は意識を失ったが、死線を経て生き延びる。

 「そして私が怪我してるんじゃないかって母が心配して、裸になってぜんぶ服を洗濯したら、水が真赤になって流れるんですよ。[…中略…]父の血が私にかぶったんだなということは、私は薄々わかってましたけどね。」

 時を経て、「戦後五〇年」の頃、女性の後ろで姉におぶわれていたために、父親の死を直接目撃していた弟が、女性にこう告げたという。

 「姉さんが、土と石が降ってきたって言ってたのは、お父さんのものぜんぶ姉さんがかぶったって、言ったんです。[…中略…]父親が全部私に、頭の大きな骨までも。背中に、大きな石が落ちてきたと思ったんですよ。」

 引用がやや長くなった。これは、凍らせて大きな風呂敷包に入れてきた、たくさんの完熟マンゴーをふるまいながら、女性が著者と学生たちに語った経験である。その語りには、集団自決の現場から逃げ延び父親の死に直面するという自身の経験とわたりあってきた、女性の人生における複数の経験的時間が重層的に織り込まれている。著者の言葉を借りるならば、「複数の過去が現在に折りたたまれている」。

 昨今、技術万能主義(イノベーション至上主義)が世界を席巻するなか、人文社会科学系のアカデミアにおいてさえ、とうに否定されたはずの粗雑きわまりない社会工学的言説が影響力を回復しはじめている。だが、そうした潮流に対してさしあたり批判的スタンスをとってきた人文社会科学系の研究者はいま、現在(至上)主義と未来(予測)主義にまみれた社会工学的な言説から、どれほど距離をとれているだろうか。社会学者にかぎらず、歴史や社会を扱う研究者はいま、歴史的・社会的状況のなかで具体的に生きてきた人びとの輻輳する経験の時間に、いかほど同伴できているだろうか。

 評者は、先に述べた生活史分析に関する方法論上の敵対線の引き方を含め、本書の行論に対して、まったく違和や異論がないわけではない。だが、約100年前に生活史(ライフヒストリー)という方法論が産声をあげたときの問題意識に、繰り返し立ち返ることを呼びかける本書は、まさにいま世に出るべき書物であったといえる。無名の人びとが状況と折り合いをつけつついとなんできた人生から、マクロな歴史や社会のあり方を照射するという、生活史調査の初発のテーゼを、わたしたちはけっして手放してはならないのである。

 (明治学院大学教員、歴史社会学)

既存の制度に頼らない出版社経営が必要だ

――出版史を知らずして出版不況を語りだすことへの無思慮を戒めている
評者:大矢靖之

 ■『ベストセラーはもういらない』という書名から、具体的な施策や即効性のある解決策を期待する読者は、一読して面食らうことになるだろう。全七章のうちの最初の部分を中心に、総ページの半分以上にあたる部分が、丸々新聞史・出版史なのだから。一読して失望し、本を閉じてしまう読者もいるかもしれない。ところが一度全体を読み通してみれば、こうした史的記述が非常に重要な位置を占めることがわかるはずだ。

 *

 本書を実際に紐解き、長大な記述から評者が気になる箇所を作意的に挙げてみたい。著者はニューヨークの出版社「ORブックス」経営者のジョン・オークスにインタビューを行う。ところがジョンの家系を調べたことをきっかけに、彼が「ニューヨーク・タイムズ」を買収し、拡大させたアドルフ・オックスの一族であることを知る。そして本書はドイツからアメリカに渡ったジョンの祖先から、来歴を語り始めることになるのだ。ジョン・オークスの祖父の兄が当のアドルフ・オックスだが、彼のエピソードが興味深い。彼は地方紙「チャガヌータ・タイムズ」の経営権を入手して以降、さらに「ニューヨーク・タイムズ」の経営権を握る形で買収。その後アドルフ・オックスは当時イエロー・ペーパーとして知られた「ニューヨーク・ワールド」紙及び「ニューヨーク・ジャーナル・アメリカ」紙と相対し、戦うことになる。

 その競合施策が奮っている。まず、両紙が値段を一セントに設定するのに対し、アドルフは「ニューヨーク・タイムズ」の値段を三セントに設定する。そして公平な紙面を目指し、信頼性のある広告施策を行った。「センセーショナルで安価な新聞が部数を伸ばす中、アドルフは『ニューヨーク・タイムズ』が打ち出す質の高いジャーナリズムが受け入れられる余地があるはずだと信じていたのだ」(p.59)。一時は広告収入が伸びずに存続危機に陥った「ニューヨーク・タイムズ」だが、次になんと値段を一セントに下げた。公正で質の高いニュースを提供できるなら、顧客はイエロー・ペーパーではなく自紙を選ぶはず、という信念があったという。そして事実、発行部数は増大した。著者はイエロー・ペーパーを取り上げる箇所に「百年前のフェイクニュース」という小題を用いているが、このアメリカで起きた競争の経緯が読み手に教えることは、決して少なくないことだろう。

 また、三章はジョン・オークスの父、ジョン・バートラム・オークスとジョン・F・ケネディの逸話が語られる章だが、それ以外の記述に気を引かれる。アメリカ出版界で行われた2014年セミナーの要約部においては、デジタルコンサルティング・テクノロジー面で諸々の指摘が紹介されており、サイトのモバイル機器最適化とTwitterの訴求力についての記述は概ね2019年現在でも正しい。また、「ニューヨーク・タイムズ」の社外専門家による記事「Op‐Ed」欄成立の逸話も、良質なページが高い広告効果を生み、ドル箱となった経緯が手短にまとめられている。

 五章はグローブ・プレスの社主であったバーニー・ロセットについて言及されているが、彼がアメリカ文学界に大きな変化をもたらした事件の一つ、『チャタレイ夫人の恋人』無修正版刊行の経緯は大変読み応えがある。ヘンリー・ミラー作品出版のための前哨戦として、バーニーは出版禁止措置と戦った。猥褻性による輸入禁止に対し、文学的価値を理由に連邦裁判所で係争、表現・宗教の自由を保障する合衆国憲法をもとに勝訴するまでの流れは、非常に鮮やかなものだった。

 挙げてきた箇所全てが示唆に富む。注記しておきたいのは、本来枝葉にあたる部分にも適切かつ手短な目配せがされており、暗に読み手に対し出版史への注視と回顧を促していることである。つまりは、出版史を知らずして出版不況を語りだすことへの無思慮を戒めているとすら言えるはずだ。

 *

 さて、肝心の箇所に移りたい。書名『ベストセラーはもういらない』に含まれるメッセージを直接的に敷衍しているのが六章、七章となる。グローブ・プレスをはじめ様々な出版社での経験を持つジョン・オークスの談話が中心となる箇所だ。

 彼がこれまで業界で直面してきた課題をまとめると、こうなる。ベストセラーを出すために大量出版し、そこからいつかヒット作が出るという考えは根強い。しかし返本について根深い問題があり、大量出版が惨憺たる結果に終わることも多い。既存の出版モデルそのものに問題があることは疑い得ないわけだ。一方で電子書籍の台頭もあって書籍にまつわる諸数字は不透明なものとなり、さらに大手出版社は電子書籍の安価な価格帯のフィールドをインディペンデント系出版社や個人に明け渡した。電子書籍をめぐる状況も、着々と変容しているのだ。

 この現状下、ジョン・オークスはコリン・ロビンソンと「ORブックス」を設立。二人が目指したのは、「返本のない」「読者に直接本を売る」出版社だ。そして、その目標を追求することで、電子本とオンデマンド出版に特化した出版社へと生成する。ハードカバーを扱っていた時期もあったが、売れた本を増刷した時に増刷分のほとんどが売れ残った。それゆえに、ジョンはこう言い切る。「ハードカバー本の出版はギャンブルの域に入るもの」(p.196)。ハードカバーの版権を売ることはしても、自社出版を行わないことによって、リスクを限りなく軽減することになったのだ。アメリカ・日本の出版業界が孕んでいるギャンブル性を喝破したことは何とも痛快と言わざるをえない。ギャンブル要素のあるベストセラーは必要ないし、既存の制度に頼らない出版社経営が必要だ、ということが本書の強い主張の一つであろう。

 このギャンブル性については、当然読み手が無視できる箇所でないはずだ。様々な反論も可能であろう。例えば、かつての「ニューヨーク・タイムズ」のように良質な本を長く着実に売る戦略もある、と。あるいは的確な販促があれば売れる本は生まれる、言ってしまえばギャンブルの勝率は上げられる、と。しかしギャンブル性と向き合うための様々な施策がありうる、という以上の反論は難しい。そして、ORブックスが電子本とオンデマンド出版に特化し、本の物流面だけでなく金銭の流れを変えて「お金が入ってから本を送る」(p.205)システムの確立に専心したことは、出版社経営上、検討されて然るべき点ではなかろうか。

 *

 本書を要約するなら、ジョン・オークスへのインタビューを通じて、アメリカの新聞史・出版史を踏まえつつ出版社が生き残る方策についての一視角を提供するものだ、ということになる。だが、本書を注意深く読めば、ここで要約した以上の、豊潤な過剰性に目を開かれることになるはずだ。書名の端的な答えだけを知りたい読者は、六章、七章分をチェックすればよいだろう。けれども「ベストセラーはもういらない」という言及を真に検討し、包括的な文脈から捉えるためには、様々な歴史を知る必要がある。本来枝葉の部分にあたる箇所についての長大な記述あってこそ、持ちうる射程がある。本書を一読して、そう強く感じられた。

 (書籍マーケッター)

この世ならぬものに満ちた心ときめく世界への招待状

――「客観や分析」をいったんわきにおいて「共鳴による理解」を目指す
評者:早助よう子

 ■その街の長い歴史からすればほんとうに短い関わりなので知ったような口をきくのは気がひけるのだけれど、寄せ場に通っていた時分、ちょっと気になる野宿のセンパイさんがいた。たしか当時は上野のカハク前に休んでいらっしゃったのではないか(今あの辺りは大木が伐採されおしゃれなカフェが並んで見る影もない)。脳裏に浮かぶのはぶかぶかのドカジャンを着込んだ小柄な姿、その裾は膝下まで下がって、毛糸の帽子を目深に被り、棗のような小さな顔には柔和な笑みが浮かんでいる。もうこの時点で二、三人の印象が混じっている気がしないでもない。

 **ちゃん、と皆から気安く呼ばれる彼はなんてことないやりとりもユーモラスで当意即妙だった気がし、逆に滅多にしゃべらずたまにポツリともらすひとことに耳をすますと案外辛らつで驚いた気もするが、どんなときも例のアルカイック・スマイルを絶やすことはなかった、と思う。そして彼があらわれると活気づいたり、緊迫した空気が緩んだり、ふしぎとほっこり和んだりする。現場で先輩格のコや野宿の仲間たちが口々に教えてくれた。「**ちゃんが来る運動体は、栄えるといわれていてね」「あ、そうなんだ……」

 寄せ場には新興NPO、新左翼、海外に拠点を持つキリスト教団体からおなじみ救世軍まで様々な団体が流れこんでいる。そこでいわゆる活動家と呼ばれる人々は己の主義や主張や宗教や思惑等々に応じて状況にたいし垂直に突き刺さっている。でも野宿当事者のセンパイさんたちは運動の垣根を超えて横断して、自由に、水平に動いてゆくのだなあ、と、そのとき思ったものだ。

 さて、前置きが長くなったが本書の著者は門外不出の平田家伝来資料の閲覧を許されたという、平田篤胤の研究者である。この分野ですでに二冊の本を上梓している。けれども本書は「客観や分析」をいったんわきにおいて「共鳴による理解」を目指す、という点でこれまでの彼女の本ともいわゆる研究書とも雰囲気をことにする。「奇談や怪談が大好き」という著者は霊妙不可思議に惹かれ、この世のあの世のあいだを求めて列島各地を旅してまわる。その旅の鍵となるのは「身体」で、著者はしかるべき光景を前にすると「私の身体に宿る古代が、思いかけず賦活されていくような感覚」を覚えるという。「身体」はみちびきの糸であり、それを軸にものごとを捉えるということはそのあたりの感性から先に研磨されてゆく現代生活においてはたぶん、一種のサバイバル術でもある。

 古層的感覚をつかむためには実際にその場におもむき、身をおいてみるしかない。土地に根ざす人々に「出会う」旅とは死者にも「出会う」旅である、とここは言いきってみたい。水俣への旅は彼女の伯父である故・谷川健一への書簡という形をとるが、これは彼女と死者との対話の試みでもある。

 話はあっちこっちへ飛ぶが、寄せ場の話に戻ると、寄せ場は一見、海山草木から程遠く、国の経済の伸び縮みに合わせ安価な労働力のプールとしてつくられた人工街だ。しかしそこで霊妙不可思議な出来事がまったく起こらないわけではない。ちょっと前なら日雇い、臨時工、出稼ぎ労働者が街のおもたる構成員、今その多くは路上生活を余儀なくされているわけだが、「ふるさと」や「ご先祖様」から切り離されて流れよった単身者であっても、なまみの体が集えば近代以前の微風がどこからかそよと吹いてくるのだろう。**ちゃんは団体の居心地良さのバロメータというだけでなく、本当の本当はきっとみんなに福を運んできてくれていたのだろう。そういうまれびと様的センパイさんの三人や四人や五人はざらにおられるような、ふところ深い、無限の可能性を秘めた街なのだ、ここは。

 ――と、寄せ場を、無情な再開発の波に洗われ激変しつつある街を(よりによって)この世とあの世のあわいから肯定しようと力みかえるのは滑稽というか、とんちがきくというかピントがずれるというかなのだが、こんな風に考えてみる視点を著者は与えてくれる。本書はこの世ならぬものに満ちた心ときめく世界への招待状であり、読者にあたらしい耳目の扉を開いてくれるのだ。わたしはこの本の序文にある、神々や死者に密着した文化とウワッと自然の息づく南島空間を前に、それらに心ひかれてやまないにもかかわらずときどきうなだれてマックへ退散することがあった、という挿話が好きだ。この記憶は私(たち)のものであるという気がして人ごととは思えない。著者の自問はここから飛躍して着地をみるが、このまっとうな心ばえは、才能であると思う。

 (小説家)