e-hon TOPへ戻る

紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

1949年創刊。硬派な人文書からホットなサブカルチャーまで紹介する週刊の書評新聞「図書新聞」とe-honのコラボ企画!

「図書新聞」の紙面で紹介した書評や、対談記事をご紹介します。【週1回更新】
取り上げる本や評者を厳選し、確かな見識で深く掘り下げた書評は「読み応えアリ」です!
「図書新聞」定期購読はこちら

 ◆ 3390号(3月2日発売号掲載)

自由権は国家が国民に与える恩恵ではない

評者:志田陽子

 ■先ごろ憲法学者の志田陽子氏の『「表現の自由」の明日へ――一人ひとりのために、共存社会のために』(大月書店)が刊行された。他者と共存し、自由な言論が交わされる「共存社会」の観点から、さまざまな事例を織り交ぜつつ、「表現の自由」とルールを説いた一書である。

 現代日本の社会ではヘイトスピーチが横行し、他者排撃的なポピュリズムが言論の空間を狭める一方、国は特定秘密保護法や共謀罪を制定し、市民のプライバシーや知る権利が脅かされている。また公文書改竄が行われるなど、民主主義の根幹が揺らぎ、弱体化しかねない事態が進行している。そんないま、本書は改めて表現の自由とは何かを確認するための導きの書である。

 本書をめぐって著者の志田氏に話をうかがった。(1月23日、東京・高田馬場にて。聞き手・米田綱路〔本紙編集〕)

 ■「表現の自由」という海を渡るルール

 ――本書では、「してはならないこと」を学ぶだけでなく、「法によって支えられている事柄」について知ることが、「表現の自由」をより魅力的に学ぶことにつながると書かれています。

 志田 私は憲法を研究してきましたので、憲法上の「表現の自由」は国家の規制からの自由であることを前提に考えてきました。ですが、美術大学に勤めていると、憲法のなかの表現の自由はもちろん教えますが、それだけでは済まない。表現者としてこれから生きていこうという希望を持つ学生には、必要な実践的ルールを知りたいというニーズが強いし、教員の同僚も美術家として一線で活躍している人が多いので、やはり実践的なルールを知りたい。ですから、表現者にとってどんな法のルールがあるのか、法のジャンルをまたいで知識を語る必要があります。

 教える側にとっていちばん楽なのは、名誉棄損やプライバシー侵害、著作権侵害などをしてはいけないというふうに、「してはいけないこと」を並べることです。けれども、それを聞いた表現者の側は委縮してしまい、トラブルを起こさないようにするには表現などやめてしまえばいいと思うようになる。それでは、表現者にルールを教えることが無意味になってしまいます。表現はどんどん自由にしてほしい、でもルールがあると教えることが本筋なのに、トラブルを避けるために面倒な表現はやめようと思われてしまったら、私の教育活動が表現を抑圧し、私自身が抑圧者になってしまいます。

 そうならないためには、「してはいけないこと」を教えるために、まず原則として表現は自由であり、その自由に支えられているから好きな表現ができる、というところから入らなければいけない。それはもちろん国家による規制からの自由なのだけれども、国家と表現者の私たちが共通で確認しなければいけないメタルールとして「表現の自由」があり、それに支えられているということです。

 私は「表現の自由」もルールの一つだと考えています。というのは、国家にルールとして理解してもらわなければいけないからです。国家の側が、「表現の自由」をはじめとする自由権を、国家が国民に与える恩恵だと思っているとすれば、大きな間違いです。よく国会議員や国政担当者の人びとが、一般市民に対して「ルールを守れ」「自由には責任が伴う」と好んで言いますけれども、国家の側がそれを言うのであれば、国にもルールを守る責任がある。

 特に一般人の「表現の自由」を最大限に尊重するということは、その気になればやってあげるというものではない。国家がつねに守らなければいけないルールなのです。その意味では、国が守るべき「表現の自由」というルールによって、まずは私たちが支えられていることを確認する必要があります。

 最近の傾向ですが、市民どうしのトラブルがあると、国政担当者の人びとがそれを取り上げて、市民を人権侵害から守るために「表現の自由」を規制する、という考え方をとりがちです。もちろん、ヘイトスピーチのように酷い人権侵害の場合、いざとなれば規制の必要はあるかもしれない。ただ、一部の議員や閣僚の発言を聞いていて大変まずいと思うのは、国政担当者に対するデモや批判の言葉まで、ヘイトスピーチだから規制したいと言い出すことです。市民への人権侵害から市民を守ると言いつつ、実は国会議員や閣僚にとって不快なものを規制する方へ横滑りしやすい。これがいかに勘違いであるかを知ってもらわないといけませんし、きちんと防ぐ理論を私たちが提案しなくてはいけない。

 たとえば、プライバシー権は非常に尊重されているし、裁判でも重く見られています。それ自体は大事なことだと思いますが、もしも法律を作る側が、「手厚くプライバシーを守るのは国民のための政策です」と言ってプライバシー侵害になる可能性のある表現をすべてあらかじめ禁止する法律を作ったとすれば、表現などできなくなってしまいます。市民を人権侵害から守るという名目のもとに、国家が「表現の自由」を塞いでしまうことについて、私たちは用心する必要があります。

 その名目は、ミクロ的には正しい部分が含まれている。しかし総体として、市民が自分たちを窮屈にしてしまう方向に行くことを恐れます。その方向に社会が向かうと、民主主義も、それにエネルギーを吹き込む「表現の自由」も死んでしまいます。

 ですから、表現の自由を実践する市民の側が、ある程度の知識を持つ必要がある。知識がないなかでは、何か法に触れるのではないかと考えて萎縮しやすくなります。たとえば、プライバシー侵害だと言われたり、ハラスメントだと言われたりすると、どれもこれもそれに当たってしまう気がして、多くの人は怖くて発言したくなくなる気持ちが働いてしまう。その萎縮から自由であるためには、面倒でも知識を身につけて自信をつけ、自分の発言は人権侵害にはならないから自由なのだ、と言えるようになりたい。これをしたらプライバシー侵害、名誉棄損になるけれども、これは違うというふうに知識を持つことで、自分のしている表現は原則として「表現の自由」に入るという自信が得られれば、という気持ちでこの本を書きました。

 ――本書では「表現の自由」を広い海にたとえて、そのなかに他者の権利という島があり、そこにぶつからないかぎり、原則は自由であると書かれています。この島を総合的に表す言葉として、「公共の福祉」があるわけですね。

 志田 私は音楽が好きで、自分でも歌っているのですが、楽器演奏の方とやりとりするときにはリズムやコードなど、最低限の基礎知識が要ります。そうした共有すべき基礎ルールが分かっていると、複数の人と一緒に同じステージで協同して演奏活動ができるようになる。特に複数の人間で何かをしたいときには、共通のルールを全く知らない状態よりも知っている方が、どういうことをやりたいかが互いに分かって、むしろ自由度が上がります。

 たとえば、民主主義の担い手として何か流れを起こしたいと思っている人たちにとっても、大勢の人間が同じ目的に向かって連携し、何かを表現する必要がある。そのときには、ルールを知らないよりも、知っている方がスムーズだと思うんですね。

 たとえば誰かを批判するとき、それ以上は名誉棄損になるけれども、批判や論評として成り立つ言葉なら名誉棄損にはならない、あるいは政治家など公人に対する政策批判は、「表現の自由」で守られるので名誉棄損にはならない。そういう知識を持っているだけでも、単独であれ多くの人が一緒に行動する場合であれ、表現活動がしやすくなります。

記事掲載はここまで。続きは本紙でお楽しみください。
4月上旬以降、全文掲載予定です。

旅、それが人生

――世界の絵本作家はいつも私たちの前を歩いている
評者:寺村摩耶子

 ■「旅の絵本」は昔から多くの人に親しまれてきたシリーズである。その新作がひさしぶりに刊行された。『旅の絵本Ⅸ』は九冊目。古風なローマ数字も、旅人の姿も変わらない。青い服に青い帽子。のんびりとした馬の旅。彼はそうやって長いあいだ、ひとりで旅をつづけてきた。作者は今年九十三歳という。「旅」そのものがすばらしい。そう思う一方で、これまでとはさまざまな点で異なる『Ⅸ』に心惹かれてもいる。おりしも『自分の眼で見て、考える』という新著が刊行された。さまざまな情報に惑わされることなく、自分の眼で見て考えること。それはたしかに今の私たちに求められていることだろう。「語りおろし自伝」。だが人生を語るというより、作者はそれをとおしてたいせつなことを伝えようとしている。軽快な語り口に騙されてはならない。「旅の絵本」の読者はそう考える。

じっさい、作者は若々しいというより少年のようだ。芸術家の中には永遠の子どもが棲んでいる。とはよく言われることだが、その悪戯っ子がしょっちゅう顔を覗かせる。「出生の秘密」という。なぜ自分が「絵描き」になったのか。家系にそれらしい人がいないのに不思議である。それが「出生の秘密」。かるいことを重々しく、重いことをかろやかに。そんな印象もうける。ひそかにジャン・ギャバンと呼んでいた人の若き日、「ジェラール・フィリップ」の写真にも仰天した。甘くほろ苦い思い出の数々。そして戦争体験。軍隊生活が辛いという明確な理由にもとづく反戦への思い。過去と現在が直結している。だから説得力があるし、朗らかな語り口に力がわいてくる。一九二六年島根県津和野生まれの画家の自伝もまた、もうひとつの「旅の本」といえるだろう。「なぜ旅に出るのか。それが人生だろうね。じっとしているより面白いからだろうね」。

不登校児は神を信じない科学少年だった。床の上に鏡を水平に置き、「地下室」を「発明」して遊んでいた少年。彼はのちにエッシャーと出会い、はじめての絵本『ふしぎなえ』を発表。その後さらなる絵本を発明する。それが「旅の絵本」だ。

最初の『旅の絵本』は一九七七年。古き良きヨーロッパの田園風景を舞台に、自然とともに生きる人々の暮らしが空からの目線で描かれていく。美しい風景はおそらく絵本のなかにしか存在しなかったのだが、夢見がちな中学生に異国への憧れをかきたてた。麦畑の麦つぶ、石造りの家の細部まで描きこまれた明るい水彩画。そのなかにグリムの昔噺やミレーの「落穂ひろい」などの名画がひそんでいたりする。主人公の姿がどういうわけかページのすみに隠れているのをみつけだすのも楽しい。何よりも新鮮だったのは絵本のなかに文字がないことだ。絵のみの絵本。だが一枚の絵のなかにはリンゴの収穫に精をだす家もあれば引っ越し中の家もあり、おばあさんが教会に向かうとき、裏庭で沐浴中の婦人もいれば若い娘に求愛中の青年もいる。絵のなかから物語のざわめきが聞こえてくる。それは素敵な発明だった。言葉のない絵本は子どもと大人の垣根をこえる。小学生になると絵本を卒業して児童文学という風潮が強かった時代、「安野さんの絵本」はひさしぶりに手にした絵本でもあった。

「だまし絵」の遊びが過激になるのは『Ⅲ』の「イギリス編」からだろうか。『Ⅴ』の「スペイン編」ではのっけからダリの時計がとけている。白いマッチ箱のような家がひしめく風景にみとれていると、そこは「さかさま」の世界だった。『Ⅶ』の「中国編」は絵巻『清明上河図』への敬愛にみちた美しい水墨画風。遊び心にみちたANNO'S JOURNEYの読者は欧米からアジアまで世界に広がっていく。「物語る絵」の普遍的かつ根源的な魅力を語るものでもあるだろう。

不思議な旅の絵本。その旅が現実と深く結びついていることに気づかされたのは、初の「日本編」(二〇一三)のときである。浦島太郎が亀を助けている松林の浜辺に、一本のひょろりとした松の木が立っている。その木が東日本大震災で生き残った「希望の松」であることを知り、ハッとした。「電気のなかったころのこと」と題する異例のあとがきは、電気のない世界を黙々と描きつづけてきた画家がめずらしく発した言葉として今も胸にひびく。その「日本編」から五年後の旅が今回の『Ⅸ』である。

いつもは水路から陸へむかう旅人が最初から山のふもとにいるのは「スイス編」だからだろう。広場の音楽会。クレー美術館。雄大な自然のなかで、旅人の姿はこれまで以上に目立たない。いつもと違うといえば、ページの右に向かって進んできた彼がなぜか左に向かっている。だがそれにもまして印象的なのはアルプスの山々だ。息をのむような山の風景。これまでは上空から俯瞰されてきた風景が、はじめて旅人の目線から描かれている。どれほど不思議な風景にも動じなかった人が、ここでは馬をおりて風景をみつめている。雪山を前に、ひとりたたずむ旅人。その姿が強く心に残る。新たな旅のはじまり。そうかもしれない。だがそれでも私の眼はまだ何かを探している。もう少し時間がたつと見えてくるものもあるだろう。思えば『ふしぎなえ』や『さかさま』以来、私はいつもこの作者に驚かされてきた。これからも驚きつづけていたいと思う。

(エッセイスト・絵本研究者)