e-hon TOPへ戻る

紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

1949年創刊。硬派な人文書からホットなサブカルチャーまで紹介する週刊の書評新聞「図書新聞」とe-honのコラボ企画!

「図書新聞」の紙面で紹介した書評や、対談記事をご紹介します。【週1回更新】
取り上げる本や評者を厳選し、確かな見識で深く掘り下げた書評は「読み応えアリ」です!
「図書新聞」定期購読はこちら

 ◆ 3376号(11月17日発売号掲載)

映画が時代をつくる

――シーンの強さ、見事さで見せきる笠原和夫の「かまし」と台詞
対談:高田宏治×伊藤彰彦

 ■『博奕打ち 総長賭博』、『仁義なき戦い』シリーズ、『大日本帝国』など任侠映画・実録映画・戦争映画の名作群をのこした日本最大の映画脚本家、笠原和夫(一九二七‐二〇〇二)。このたび、その代表作を全三巻に集成した『笠原和夫傑作選』が国書刊行会から刊行中である。本書の刊行を記念して、笠原氏からバトンを受けて『仁義なき戦い 完結篇』を執筆、東映実録映画ジャンルでも笠原氏と並んで代表的な脚本家の高田宏治氏と、本選集の全解題を担当する映画史研究家の伊藤彰彦氏とのトークショーが10月20日、紀伊國屋書店新宿本店にて行われた。本稿はその採録である。(本紙編集)

 ■東映タコ部屋寮の思い出

 伊藤 今日は高田宏治さんの先輩でもあった笠原和夫さんのことをたっぷりお伺いしようと思っております。その前に私と高田さんとの関係を説明しますと、一九七七年の伝説的映画『北陸代理戦争』(高田宏治脚本、深作欣二監督)についてのノンフィクションを執筆するために高田さんに長期取材を行いまして、それはその後『映画の奈落――北陸代理戦争事件』という書籍として刊行しました。

 高田 あなたの『映画の奈落』にはえらい目にあったわ(笑)。横浜で開かれたある集まりに行ったら、こわい顔つきした男がついてくるんですよ。「お話をきかせてもらえませんか」、それが伊藤さん。そのころぼくは、ある厄介な問題をかかえてましてね、そこに伊藤さんも加わって追いかけてくるもんやから気が気でない(笑)。まあ、でも立派なノンフィクションが出来て良かったけれども。

 伊藤 東映実録映画の最終地点、あるいは極北とも語られている『北陸代理戦争』は、モデルとなった親分(川内弘組長)が映画と同じシチュエーションで殺害されて、その後実録路線そのものが終焉を迎えたことでも伝説として知られてますが、その実録路線というものが脚本家笠原和夫が始めたと言っても過言ではないわけですね。

 高田 そうです、『仁義なき戦い』(一九七三)が実録映画の出発点ですよ。実際のやくざに取材してその実態を映画にする、それが実録路線ですが、笠原さんは『仁義なき戦い』を四本書いて終わりにしたつもりだったのに、会社から『完結篇』を書けと言われて断った。

 伊藤 そこで高田さんに依頼が来たと。最初はどう思われました?

 高田 そりゃ緊張したけれど、そのころはとにかく手当り次第書いてましたから、迷う暇もない(笑)。そのとき、笠原さんは、彼なりに考えたメモと取材資料をどっさり渡してくれました。そういう太っ腹な人なんです。完成したあとは、「高田の『完結篇』にはブラックユーモアがない」とかブツクサ言ってたみたいやけど、正直な話、『完結篇』が一番お客さん入ったのよ(笑)。

 伊藤 『仁義なき戦い』は完結篇以降もたくさんの続篇がつくられることになり、高田さんも『新仁義なき戦い 組長の首』(一九七五、佐治乾・田中陽造と共作)、『新仁義なき戦い 組長最後の日』(七六)の脚本を書かれて、さらに『実録外伝 大阪電撃作戦』(七六)や『日本の首領』シリーズ(七七~七八)といった傑作実録映画の脚本を担当されます。『映画の奈落』は北陸の川内組長が山口組ナンバー2の菅谷政雄を越そうとした物語に、高田さんが『北陸代理戦争』の取材で川内組長に会って「これで笠原和夫を越える」と確信したという話を重ね合わせたドキュメントでした。高田さんにとって、笠原和夫は大きくそびえ立つ先輩だったわけですが、そもそも高田さんと笠原さんの出会いはそれよりもっと前に溯りますね?

 高田 そうです、六〇年代あたま、東映の社員時代からですね。当時笠原さんは東京在住で、ぼくは東映の京都太秦撮影所の裏にある寮に住んでました。

 伊藤 笠原さんはまだ祇園の旅館住まいで、京都撮影所の主流になってから同じ寮に移ってきて、笠原さんが二階で、高田先生が三階、とお聞きしました。

 高田 笠原さんは、東映の東京撮影所と本社の宣伝部に臨時採用されて、そのときにちょうど東映がシナリオを募集した。それに応募して、すごく才能があったから会社が驚いて、じゃあお前はシナリオをやれということになったわけ。あるとき撮影所に白いジャンパーを着た格好のいい男が入ってきたんです。それが笠原さんでした。初めて会っていきなり「昨日はひどい目にあったよ」と言うわけ。「夜、京都に着いて、木屋町で飯食おうと思っていたらいい女に誘われてね。ついついホテルに行って手を伸ばしたらいちもつがあった」って(笑)。それで怒って階段から蹴飛ばしてきたんだとかいう話をいきなりする。そうやって最初に「かます」んですよ。笠原さんの脚本の特徴でもあるんや、この「かまし」は。それは後で話そうか(笑)。

 伊藤 寮ではお互いの作品について話したりしました? たとえば笠原さんが高田さんの作品について、とか。

 高田 笠原さんはそういうの直接には全然言わない人やね。他のみんなとは、わいわいお互いのホン(脚本)のけなしあいとか、他社作品をボロクソに言うのが楽しかったけどね。一度、笠原さんと花札やって、ぼくが二百万ぐらい勝ったときがあって、「貧すれば鈍する」言うたら、笠原さんえらい怒ってね(笑)。寮じゅうを追いかけまわされましたわ。「貧」は分かるけど「鈍」と後輩に言われるのは許せん、ってね。次の朝、ぼくのおでこに二万円がぺったり貼ってあって、これで勘弁しとけと(笑)。ときどき機嫌がいいと鮨屋にみんなを連れていってくれるんです。帰ったあと笠原さんから「高かったな」なんて言われて全員酔いが醒めたりしてね(笑)。非常に率直で正直な先輩でした。

 とにかく可愛げもあり、稚気もあり、恐さもあり、しかもその仕事には技術がともなっているというね。芸術家にとってこれ以上のものはないよ。直接会ってしびれているから、ぼくは心からの愛情で笠原さんの脚本の悪口を言うんです。

 伊藤 傑作選刊行記念という、この良い機会に是非お願いします(笑)。

 高田 ぼくが褒めたらどうしようもないでしょう。悪口を言えば反発してくれる人もいるからいいわけ。だけど今回この傑作選で笠原さんの作品を読んで、改めて完成した映画よりホンのほうがいいと思ったね!(笑) 笠原さんは、苦闘して創造して破壊しながら、やくざ映画の時代から大きな流れをいくつもつくった。その流れの中に、ぼくがつくった東映実録ものがあるわけで、そういう意味では笠原さんの持っている存在の大きさみたいなのを感じます。

記事掲載はここまで。続きは本紙でお楽しみください。
12月上旬以降、全文掲載予定です。

  • 『つなみ』
  • ジョイデブ・チットロコル/著 モエナ・チットロコル/著 スラニー京子/訳
    三輪舎

語りつぐこと

――インド・タラブックスの絵本は驚きにみちている
評者:寺村摩耶子

 ■インドの絵本『夜の木』(日本版初版二〇一二年)の驚きは今もなまなましい。夜になると光る木。祭りの木。不思議な十九の木の物語。その絵や言葉とおなじくらい、本そのものが強い存在をはなっていた。古布を手漉きにした黒い紙は手にやさしく、独得の匂いがする。インドのお香のような。その紙にゴンド族アーティストたちの鮮やかな木がシルクスクリーン印刷でうかびあがる。伝統とモダン。手作りであること。日本版の美しさ。すべてが新鮮だった。はじめてといえば、すぐに入手できなかったことも。

 小さな書店で見て、いいなぁと思ううちに、姿を消した。ネットで探してももはやみつからない。ようやく増刷された絵本の表紙は、以前のものと違っていた。ショックのあまり呆然とするうちに、それも姿を消す。刷りを重ねるごとに表紙の絵が変わる。今では有名な事実だが、当時はどれほど驚いたことか。シリアルナンバーの重複を避けるためというが、それだけではないはずだ。本はネットでいつでも買える。そんな平坦な世界に対する美しい挑戦状。しかも遊び心にみちた一種の芸術行為ともいえる。刷りごとに妖しく変化する本は「夜の木」そのもののように思われた。忘れていた感覚を呼びさますような絵本。それが南インドの出版社「タラブックス」のハンドメイド絵本との出会いだった。

 『水の生き物』。『世界のはじまり』。『太陽と月』。一年に一冊ほどのゆっくりとしたペースで送り届けられる美しい絵本たち。神話と日常がごく自然に結びついた世界。そこはインド各地の民俗画家たちの華麗な絵で光り輝いている。『太陽と月』などは中央インドのゴンド画のほかに東部ビハール州のミティラー画やマドゥバニー画などさまざまな伝統を背景にした十人のアーティストたちが集まり、さながら神々の祝祭のようだ。細密画の神秘的な太陽もいれば、ひょうきんな太陽もいる。児童画のように愛らしい月もいる。各地の民俗画家たちを再発見したこと。紙の原料である木綿や麻などの活性化。若い職人たちの育成。タラブックスを代表する二人の女性、ギータ・ウォルフとV.ギータの出版活動はインドの現実社会と密接にむすびついている。チェンナイの小さな出版社が社会活動の面からも熱い注目を集めているのは当然だろう。だが私にとりわけ興味深く思われるのは、彼らの民俗芸術が土産物やタピスリーといった物ではなく、絵本をとおして表現されていることだ。しかもその絵本が常識をこえた自由さにあふれていること。『つなみ』もそんな驚くべき絵本である。今年開催の展覧会「世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦」においても、ひときわ印象深かった絵本のひとつ。その日本版が出るとは。

 経本のように細長く、じゃばら式。ひらくと巨大な鬼の口から流れ出た川が蛇行しながら下までつづく。全長一八〇センチほどの物語。とんでもない迫力である。そして美しい。サリーの黄や赤を思わせる鮮やかな色彩。アルカイックな表情の人々。魚や象などの動物たち。「さぁさぁ、みなさん聞いとくれ/わたしの話を聞いとくれ/これからうたう悲しいうたを/すべてをさらった波のこと……」(スラニー京子訳)。語り部の声が聞こえてくる。インド東部ベンガル州の絵巻物師「ポトゥア」。日々の出来事を絵巻物に仕立てると、それをたずさえて家々をまわり、物語を語り歩くという。その絵巻をもとにした絵本である。展覧会の資料映像のなかで、男女二人が絵巻をくるくる動かしながら、哀切な調子で唄っているのを見て、私は衝撃をうけた。唄の内容もさることながら、絵巻が日常的に作られていること、それを生業としている人々がいることに。絵巻。私たちが絵本の源流として崇めながらも、一般市民が手にとることは許されない、あの絵巻。それを彼らは「作ればいい」という。「すべての絵巻に唄がある」。「作者が死んでも絵巻は残る」。ただしポトゥアの絵巻には文字が入らない。その唄を絵本にしたのはタラブックスの魔法である。もうひとつ驚いたのは『つなみ』が大昔の物語ではなく、二〇〇四年スマトラ島沖で発生したインド洋大津波を描いたものであるということだ。「哀悼の一冊」(ギータ・ウォルフ)。じゃばら式絵本は追悼の日にふさわしい形として生まれたものだった(絵本はタミル語版も作られ、被害の大きかった地域に寄贈された)。現実をうけとめる器であると同時に、さまざまな現実を昇華させた絵本にふるえる。忘れるのではなく、語りつぐこと。それはタラブックスの本に一貫して流れる思想でもあるだろう。

 自然への畏敬と祈り。『つなみ』の最後は「希望のある話」で終わっている。寺院が流された。そのあとに、埋もれていた古い寺院が発見されたという。もちろん実話である。「すべてが打ち砕かれた/そのあとに/尊いものが たち現れた」。「つなみ/おまえのすがたは/いまもありありと/わたしの目の前にある」。

 (エッセイスト・絵本研究者)

「不可視」の境界を越える究極の読書体験

――この物語の最大の特徴は、語りの豊かさだ
評者:本間芙由子

 ■不吉なイメージから始まる物語だ。読者の前に最初に現れるのは、ダンテの『神曲 地獄篇』で描かれた十二世紀の詩人ベルトラン・デ・ボルンが、「切断された己の頭を髪で掴んでぶら下げて運び、それが提灯のように前後に揺れている」姿なのだ。そんな詩人のおぞましい姿を突き付けられたまま、気づけば読者は一九六七年春のニューヨーク、あるパーティの会場にいる。

 語り手はコロンビア大学二年生の青年、アダム・ウォーカー。パーティについての記憶はすべてが曖昧だが、煙の中からぼんやりと人影が現れてくるかのように、アダムは年上のフランス人カップルに出会う。男性の名前は、デ・ボルンを連想させるルドルフ・ボルン。その顔にはこれという特徴がなく、「大勢のなかに入れば不可視になってしまう顔」と形容されるが、強烈な個性を持つ人物だ。

 二日後、偶然ボルンと再会したアダムは、雑誌を始めないかという提案を受ける。一度会っただけの見ず知らずの自分になぜそのような話を持ちかけるのか疑念を持ちつつも、アダムはボルンの出資を受けて雑誌を始めることになる。

 しかし、ボルンとの付き合いが深くなるにつれ、アダムはボルンのすさまじい暴力性を目の当たりにするようになる。大量に酒をあおり、誰彼かまわず罵倒の言葉を浴びせ、あからさまに性的な挑発の言葉を発するボルンに、アダムは尋常でないものを感じる。そしてついにある暴力的な事件が起き、ボルンに対するアダムの信頼は完全に崩壊し、ボルンは忽然と姿を消す。

 その後、物語は思いがけない展開を見せるが、それがどのようなものかはぜひ実際に読んでみてほしい。

 作品の冒頭で示される通り、本作には暴力が満ちている。殺人や戦争といった肉体的な攻撃だけでなく、アダムの弟の死や、不治の病、忍び寄る死の影なども暴力的なものとして数えられるだろうし、デ・ボルンの戦争にまつわる恐ろしい詩の引用やボルンの壮絶な言葉の暴力など、暴力は「不可視」の存在として物語に不穏な空気を漂わせている。

 また、欲望も「不可視」の存在の一つだ。目に見えない欲望が具体化したとき、禁断の愛が生じるが、果たしてそれが現実のことなのか想像上のことなのか、その境界は曖昧だ。そして作品の中で何度も描かれるセックスは、どこか暴力が姿を変えた存在のように感じられる。

 この物語の最大の特徴は、何と言っても語りの豊かさだ。現在と過去を自在に行き来し、章を追うごとに語り手ばかりか、人称や時制も鮮やかに変化していく。また、舞台もニューヨークからパリへ、カリフォルニアからカリブ海の小島へとどんどん移動する。多様な視点、空間、時間を行き来するうちに、物語と現実の境界がだんだん曖昧になり、すべてが地続きであるかのような感覚にとらわれる。

 本作のタイトル『インヴィジブル』は「見えないもの」の意であり、作品内でもいろいろなものが「不可視」(=インヴィジブル)と形容される。それは誰かの顔であったり、暗闇の中のものであったり、想像上のものであったり、色々なものを指しているが、読み進めるうちに読者が最も強烈に意識する「不可視」の存在は作者だろう。

 「不可視」の存在としての作者が「不可視」の読者に対し、想像上の「不可視」の登場人物たちの物語を語ること、これが物語の本質であり、共通認識としての「不可視」の存在を自由に想像し、味わい、楽しむことが読書の醍醐味である。さらに、私たちがこの作品を日本語で読むうえで欠かせないもうひとつの「不可視」の存在が翻訳者だが、柴田元幸氏の翻訳は作品構造の複雑さをまったく意識させず、これが翻訳であるということさえ忘れてしまう、まさに徹底的に「不可視」そのものだ。読んでいるうちに、語り手、読者、作者、そして翻訳者が混然一体となる、不思議な、かつこれほど幸せなことがあろうかという究極の読書体験が楽しめる作品だ。

 (翻訳者)