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紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

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 ◆ 3359号(7月7日発売号掲載)

ちょっと、垂直

――二〇一〇年代の思想と臨床、そして政治をつなぐキーワードは何か
対談:松本卓也×東畑開人

 ■松本卓也著『享楽社会論――現代ラカン派の展開』(人文書院)と松本卓也+山本圭編著『〈つながり〉の現代思想――社会的紐帯をめぐる哲学・政治・精神分析』(明石書店)が、ほぼ同時期に刊行された。相変わらず、飛ぶ鳥を落とす勢いの松本卓也である。上記二冊の刊行を記念して、松本氏と、『野の医者は笑う』などで、独自の大変に興味深い著述や訳業を続ける東畑開人氏によるトークイベントが、さる5月31日に東京・代官山蔦屋書店にて行われた。本稿は、その採録である。(須藤巧・本紙編集)

 ■タコツボ化した世界を探求しつつ、どうやって全体を見渡すか

 松本 以前から東畑さんとお会いしたいと思っていました。東畑さんは京大出身で、ぼくは東畑さんとすれ違うかのようにして京大に勤めるようになりました。また、お互いに一九八三年生まれということもあり、以前から勝手に親近感をもっていたのです。

 一九八三年生まれということは、われわれの書き方や物の考え方と密接につながっていると思います。八三年は、浅田彰の『構造と力』が出た年です。浅田彰は「ポストモダン思想を広めた人」ということになっていますが、本人はすごくモダンな人です。モダンをつきつめた結果として、ポストモダンの領域を開くことができた人だと言ってもよいでしょう。対して、われわれの世代は生まれたときからポストモダンというか、相対主義的な見方を根本にもっているのではないかと思います。例えば、東畑さんが訳された『心理療法家の人類学』はまさに心理療法を文化人類学的な目線で相対化させてくれる本ですし、東畑さんの著書の『日本のありふれた心理療法』もそのような相対化によって初めて可能になったもののように思えます。東畑さんは、日本の心理療法は結構中途半端なんだと、つまりユング派の流れもあるし、フロイト的な精神分析の要素もあるし、なんちゃって認知行動療法もあるし、ソーシャルワーカーに近いこともする。いろんなものの寄せ集めで、曖昧なんだと。こういう話を書いたのはたぶん東畑さんが初めてですよね。心理や精神医学の世界では、専門性が高いものが一番優れていると考えられていて、みんなそういう話ばかりしますが、実際の臨床はそういうものではない。そのことを明確に取り出してくれた点が非常に面白いと思いました。

 東畑 ぼくらが大学生のときの先生たちは、ニューアカブームのころに大学(院)生くらいだったから、ポストモダンの波をもろにかぶった世代ですね。ポストモダンというのは価値の多様性や相対性を推していく潮流です。だけど、そういう先生たちはぼくには非常に本質主義的に見えました。相対的であるというよりも、専門性というものを絶対的なものとして呈示しているように感じていたわけです。今回翻訳した『心理療法家の人類学』という本は、なぜ相対化というものが心理療法と相性が悪いのかという問題に取り組んでものでもあります。一〇年来の問いですね(笑)。

 ともかく、そういう環境で臨床を始めてみたんですけど、そんなキレイにはいかないんですよ。困りました。そういうときに、「私が悪いんだ」という方向に行くか、「でも、こうなっちゃってるんだから、しょうがないじゃないか。ここからどう考えるのか」という方向に行くかで、人は分かれ道に立たされるのだと思います。ぼくの場合は後者に行きました。

 松本 「こうなっている」という事実性をまず取り出すことが大事だということですよね。それは「専門家であるからにはこうあるべきだ」という普遍や理想とかかわる原理を前提とすることとは異なります。先日、批評家の大澤聡さんと対談する機会がありました。大澤さんは、今日では教養主義が絶望的に機能しなくなっていて、世の中の全体を俯瞰的に見させてくれるような強い一点がなくなり、様々な知がてんでんばらばらになっていると指摘されていました。

 とはいえ、東畑さんやぼくは新しい世代なのかもしれません。普遍や理想が機能しなくなりさまざまな事柄が並列的になったり混在してある現状を、ちょっと引いた目線で見えるようになってきたのではないかと思います。ぼくの『人はみな妄想する』や『享楽社会論』はフランスのパリのラカン派という、言ってみれば非常に狭いところでこの二〇年でどのような理論の変化があったのかを描き、それを日本の現代思想というこれまた非常にローカルなものと比べてみるという仕方で、少々引いた目線から臨床と思想における世界的な変化を考えようとするものでした。ぼくが編著者の一人となった『〈つながり〉の現代思想』にも似たところがあります。かつて「フランス現代思想」と呼ばれていたものは、ラカン、ドゥルーズ、デリダなどのビッグネームがいた時代はよかったのですが、彼らが亡くなった後どのようなシーンになっているのかがわかりにくくなっています。しかし、フランス現代思想は政治的な転回を行い、政治や社会にコミットし始めたと考えてみれば、それを改めて俯瞰的に見ることができないか。それらの思想は、「3・11」以後のデモが一般化した現代日本にとっても重要なのではないか。そのような考えから「つながり」や「社会的紐帯」という言葉をキーワードに、いろんな人に専門的な論文を書いてもらいました。タコツボ化した世界を探求しつつ、どうやって全体を見渡すことができるのかに興味があるのです。これは東畑さんとも共通する興味のあり方ではないでしょうか。東畑さんはいま医療人類学をやられていますね。東畑さんの『野の医者は笑う』には、沖縄の怪しげなローカル・ヒーラーが出てきます。最後の方には怪しげな資格を東畑さんが取得する場面が出てきますね。

 東畑 当時沖縄で流行っていた民間療法ですね。あの本ではアカデミックな臨床心理学からすると、異端というか、ちょっと「怪しい」ものの調査をしていたんです。なんでかというと、ぼくらからすると荒唐無稽に見えるものでも、それに確かに救われたり癒されたりするという事実から、「心の治療」というものを考えてみたかったからです。臨床心理学のサイドから「あれは怪しい」と切り捨てるのは簡単なのだけど、「にもかかわらず癒されている」という事実から出発すると、「じゃあ、俺たちは一体なにをやっているんだ」という問いが切実なものとして浮き上がると思ったんです。

 沖縄って、そういう意味では絶好の場所です。ふしぎなんですよ。そもそもシャーマニズム文化があるんで、それについて色々と研究されているのですが、最近の沖縄シャーマニズム研究には、伝統的なものよりかは現代的なものを見ていこうという流れがあります。ユタがインターネットを使って除霊をしていたりとか……。

 松本 ユタがインターネットを使って除霊(笑)。

 東畑 二〇〇〇年に沖縄でサミットが開催されましたが、そのときにユタが集まって、サミットの成功を祈っていました。

 松本 それでサミットが成功したんですね(笑)。

 東畑 そうそう(笑)。怪しいですよね。でも、それを真剣にやっておられる。現代と前近代が入り混じっているところに興奮しました。

 松本 まさにポストモダン的ですね。東畑さんはフィールドワークで沖縄に入って、様々なローカル・ヒーラーが跋扈するマニアックなタコツボ化された臨床の世界を徹底的に調査する。しかし、その調査を通じて、実はその怪しげな世界が現代の心理臨床がやっていることにも近いのではないかという相対化の認識を得る。タコツボ化されたところに入っていって得られた知見を使って、ちょっと引いて世の中をメタレベルから見てみるわけですね。ポストモダンの世界はタコツボ化して、個別の部族のようなものしかないわけですが、そのなかにわけ入っていくことによって、もう一度普遍へと還ろうとする意図ないし方向性がぼくと東畑さんとでは似ていると思っています。

記事掲載はここまで。続きは本紙でお楽しみください。
8月上旬以降、全文掲載予定です。

私たちが生きているこの世界は存在しない?

――多元的存在論のコンセプトを提示する
評者:大河内泰樹

 ■哲学がその本領を発揮するのは、わたしたちの持つ日常的な信念が実は間違いであることを指摘してくれるときだろう。その意味では本書のタイトル『なぜ世界は存在しないのか』は非常に読者をそそるものである。何しろ私たちがその中で生きているこの世界が存在しないというのだ。こうしたタイトルだけではなく、文章が大変わかりやすい筆致でかかれていることも本書の魅力である。論じられているのは決して易しくはない形而上学的議論であるにもかかわらず、哲学書や文学作品のみならず、映画やテレビドラマまでも参照するその書きぶりによって読者は本書で展開される議論に難なく入り込んでいくことができる。しかしまた、本書が日本で売れているのには訳者の貢献も大きい。訳者は原著の筆致を再現するために多大な努力をついやしたと思われ、すばらしい訳文になっている。

 ただし「世界は存在しない」というテーゼで展開されている議論自体はそれほど新しいものではない。世界が存在しないのは、私たちは世界の中にあるものについてしか「存在している」とは言えないのだからである。もし世界が存在するのだとするのならば、その世界(W1)は別の世界(W2)の中にあるのでなければならない。しかし、世界がすべてを包括するものとして定義されるのだとすれば、この場合世界と呼ぶことが出来るのは後者の世界(W2)だけである。これは無限に続くことになり、決して私たちは世界の存在にたどり着くことは出来ない。

 この理屈は、ヴィトゲンシュタインが目は視野の中に含まれていないと語ったのと、あるいはハイデガーが世界は、世界内存在としての現存在にとって常に前提となっていると語ったことと基本的には同じことである。もしくは、カントが経験の根拠としての自我についてはカテゴリーを適用することが出来ず、経験の対象と同じ意味で存在するとは言えないといったことを思い出してもよい。しかし経験世界は主観によって構成されたものであると主張する構築主義は本書の批判の対象である。むしろ、ガブリエルはメイヤスー等とともに実在論の旗手と見なされている(彼は自分の立場を「新実在論」と呼ぶ)。世界は存在していなくても、世界に属しているものはすべて存在しているのだ。この机も、ブラックホールも、素粒子も、日本という国も一角獣も存在している。

 これによって著者が批判しようとしているのは、存在者を物理的に観測可能なものに還元しようとする自然主義、より適切にいえば科学主義である。著者によれば一元的に自然科学からだけ世界を理解しようとする自然主義は、ある特定の世界像によって世界を理解しようとする「よくない」宗教(フェティシズム)と変わらない。それは、一つの「意味の場」であるにすぎない科学をユニバーサルなものと考え、世界を世界ではなく「宇宙」と見なしてしまうのである。

 本書で提示される多元的存在論のコンセプトでは、存在は「意味の場に現れること」として定義されている。例えば、ユークリッド幾何学においては大きさを持たない点が実在するだろうし、物理学においては素粒子が、『ファウスト』においては魔女が実在するだろう。こうした実在するものは、世界の中にただそれだけでむき出しに存在しているのではなく、必ず何らかの「意味の場」の中にある。その際意味の場に現れるのは、つまり存在するとされるのは「対象」だけではない。対象の性質や関係といったものも、あるいは「意味の場」そのものも存在する。それに対し世界とは「すべての意味の場の意味の場」であり、それぞれの「意味の場」も含めてすべては世界の中に存在している。しかし世界を包摂する「意味の場」は定義上不可能であるため、世界は存在しないのである。

 本書の哲学的主張に疑問点がないわけではない。例えば、「意味の場」というときに、この「意味」が著者のいうようにフレーゲ「意味」(Sinn 通常は「意義」と訳される)からきているのだとするならば、一体それは誰にとっての意味なのだろうか。おそらく答えは彼も強調している「人間」である。しかし存在が人間にとっての意味であるとするならばその実在論は通常の意味での実在論ではなくなっているようにも思える。また、存在するものはその「意味の場」において存在するということが言えたとしても、同じものがその「意味の場」を包摂する「意味の場」、そして最終的には世界においても存在するとまで言えるのだろうか。この疑念が一層増すのは、ある「意味の場(A)」を包摂する「意味の場(B)」は、前者(A)の性質を持ち合わせていると想定されていることである。だとしたらガブリエルがここで想定しているメレオロジー的包摂関係は、彼自身がときどき例に挙げるようなたんに空間的な包摂ではないはずである。たとえば、この部屋の中にこのパソコンがあるとき、この部屋はそのパソコンの持つ性質を持ち合わせているわけではない。「意味の場」同士の包摂関係がどのようなものなのか必ずしも判然としないのである。

 さて、こうした疑問は残るとはいえ、本書は今日の哲学の可能性について一つの示唆を与えているように思われる。科学によって哲学の場所が奪われてしまったわけでもなければ、科学が扱えないニッチにしか哲学の場がないというわけでもない。本書が提示する多元的存在論の骨格はすでにジジェクとの共著『神話・狂気・哄笑』のなかで提示されていたが、そこで提示されていた立場は「神話学の神話学」であった。今やこれに「哲学」がとって代わる。哲学は一つの「意味の場」ではなく、哲学においては「意味の場」についてメタレベルで語ることが出来(それが存在論である)、すべての意味の場の総括としての世界について論じることが出来る(それが形而上学である)と想定されている。

 しかしもしそうだとするならば哲学は、哲学者は一体どこに立っているのだろうか。哲学はなぜ、決してその意味がわれわれに現れることのないはずの世界を対象として語ることが出来るのだろうか。つまり「なぜ世界は存在しないのか」を問い、それに答えることが出来るのだろうか。ヴィトゲンシュタインになりかわって問うならば、「なぜこの哲学は語り得ないものについて語ることが出来るのだろうか」。そこに科学主義でもない、あるいは宗教や神話でもない哲学の立ち位置が示されているに違いない。

 (一橋大学教授)

もう一度、全共闘の有様と行動(行為)に関して再考すべき

――四四人の「語り」から、闘争の原像を浮き上がらせている
評者:皆川勤

■本書に接して、六〇年代後半、学生運動といわれていた対抗運動が大学闘争あるいは学園闘争というように、運動から闘争という表象の変容に、わたしは感慨をあらたにしたといっていい。あるいは、回顧的に述べてみるならば、全共闘という運動形態と運動体の有様(ノンセクト・ラディカルという概念規定も含めて)について、わたし自身、どこかで距離を置き、振り返ることを忌避し続けてきたことに対し、本書は鋭く突きつけてくれたといいかえてもいい。わたしは六七年一〇月八日の第一次羽田闘争の時、東北の一地方都市の高校三年生であった。闘争スタイルの苛烈化と京大生が亡くなるという衝撃はあったが、それよりも大手メディア(テレビ、新聞、「赤旗」も敢えていれておく)が、そろって、「暴力学生」、「過激派学生」と大きな見出し(「赤旗」は、時代錯誤的なトロツキストというレッテルを貼ったのはいうまでもない)で佐藤首相ベトナム訪問阻止闘争を非難していたことに、直截に憤りを覚えたといっていい。ただし、わたしの知る限り、不定期ながら購読していた書評紙『日本読書新聞』と『朝日ジャーナル』(高橋和巳の『邪宗門』を読むために購読をはじめて、連載終了後も定期購読をしていた)だけは、羽田闘争を評価していた。六八年四月に上京するが、そこから一年間の〝浪人生活〟を経て、翌年四月に大学に入学。わたしにとって、十代後半から二十代前半までの数年間は、様々な場所において、何ものにも換えがたい関係性の形成と濃密な経験をしたと思っている。いうなれば、その時期の〝貯金〟を切り崩しながら、「現在」まで生きてきたといっていいかもしれない。

 本書は東大闘争を六七年から七〇年代前半まで、発生過程、展開過程、収束過程と分けながら、東大闘争に関わったノンセクト、新左翼党派、民青の活動家まで含め四四人に聞き取り、その「語り」をあたかもドキュメントのように構成して、闘争の原像を浮き上がらせている。三十代半ばの著者にとって、亡き父の世代の体験をある意味、フィールドワークのように析出していく本書は、できる限り私見を排しながらも、「予示」的なるものを提示していく。

 最首悟の「語り」を引きながら、著者が次のように述べていく箇所がある。

 「社会主義運動とも政治党派とも関わりを持たない学生運動形成への動きは、六〇年安保闘争後にブントの一部で起きた動き(引用者註=『SECT6』のグループ)とも軌を一にしていた。すなわち、前衛党の指導に基づく労働運動中心の革命運動という構図を否定する動きが出てきたのである。」

 共産党配下の民青はもちろん、新左翼諸派(特に革共同の二派や共産同赤軍派)は基本的に徹底した前衛主義であった。やがて、連赤の問題も内ゲバという暗渠も前衛主義の陥穽を表出していたとわたしなら見做す。そして、そこには外部の権力との対峙に邁進するあまり「内」に潜在する権力性を見通すことが出来なかったからだといっていいはずだ。M・フーコーを援用するならば、「権力」は「遍在」しているのであって、「至る所にある」と見做すべきなのである。

 「革命をめぐる対立は言い換えれば、(略)マクロな次元で国家権力を運動の敵手として措定するか、社会関係や社会的行為のなかに見出されるよりミクロな次元での社会内権力を問題とするか、というものである。」「社会変革の範囲を小さくとれば、身近な社会関係や日常的な社会規範の変革にたどりつく。とくに、自らが他者との関係性のなかで意図せずに行使している権力や関わっている抑圧をただそうとするとき、社会運動は自己変革や自己解放の側面を持つことになる。」

 このように述べていく著者が提示する「予示」的なるものを、あえて収斂させたいい方をするならば「ひととひととの関係や共同体のありかた」を問うていくものであると理解していいのではないかと、わたしは思う。国家の有様を変革するためには、まず国家権力の奪取ありきというのは、ロシア革命以降のロシア・マルクス主義の誤謬でしかない。マクロなものとミクロなものはコインの裏表だと思う。ミクロなものが集積してマクロなものがかたちづくられると、わたしなら捉えたいから、「予示的」なるものの提示は刺激的だ。ただし著者が本書で提示する「予示的政治」と「戦略的政治」に関して、留保したいことがある。それは、「政治」ではなく、「反政治」とすべきではないかということだ。あるいは、「行為」、「行動」といいかえてもいいかもしれない。かつて、わたしは、「行為の共同性」ということに拘泥していたから、そのようにいいたいわけではないが。

 わたしが、全共闘という諸相に距離を置き、振り返ることを忌避し続けてきたのは、無党派、ノンセクトと括ることの安易さと、結局、党派によって主導され、安保決戦なる空疎な設定で全国全共闘を結成したことへの疑義があったからだ。しかし、本書には、語り手それぞれの現在も述べられていて、そこでは、まぎれもなく、「ひととひととの関係や共同体のありかた」をいまだに問い続けていることが示されている。

 著者に誘われて、わたしもまた、もう一度、全共闘の有様と行動(行為)に関して再考すべきだと喚起されたといっておきたい。

 (評論家)