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紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

通説を覆し、日本型排外主義を明らかに
ヘイトスピーチを語る上で必読の書

――樋口直人著『日本型排外主義』(名古屋大学出版会)を読む
評者:伊藤高史(創価大学文学部教授)

 特定の民族や集団などに対する「ヘイトスピーチ」をともなう街頭デモが近年,注目を集めるようになった。これに関連した書籍も相次いで出版されている。本書は,「国家は国民だけのものであり,外国に出自を持つ(とされる)集団は国民国家の脅威であるとするイデオロギー」を意味する「排外主義」を,社会運動論,極右研究,移民研究,ナショナリズム論,国際関係論などを参照しつつ,学術的に論じたものである。社会不安や格差の広がりといった観点から排外主義を説明する俗説が実証的なデータによって覆され,日本と近隣諸国との外交関係とそれを巡る言説との関連から,日本型排外主義の特徴が明らかにされていく。

 本書の前半は,非正規雇用の増加,日本の没落,コミュニティの解体などにともなう社会不安が人々を攻撃的な行動に駆り立てる,といった通俗的な理解を覆すことにあてられる。その根拠として用いられるのが,著者自身による,「在日特権を許さない市民の会」をはじめとした排外主義運動の活動家34人に対する聞き取り調査の結果である。著者はまず,欧州の社会学的な実証研究が,社会から取り残された人々の不安によっては極右政党の台頭を説明できないことを明らかにしてきた点を確認する。そして,自身の聞き取り調査の結果を分析し,日本においても,排外主義運動に参加する者が社会的弱者として一様に分類できるものではないことを明らかにする。排外主義運動に参加した人々に共通していたのは,彼らがもともと持っていた政治的イデオロギーである。歴史修正主義の流れに共鳴できるようなイデオロギーや心情を持っていた者が,インターネットを介して「在日特権」という虚構的フレームに出会い,それに共鳴していった。歴史修正主義,近隣諸国の中傷,排外主義のコンテンツが渾然一体となったインターネットは,潜在的な排外主義者を運動へと誘い,排外主義運動は組織的基盤なくして,多くの人々を動員することに成功したのである。

 本書の後半では,2000年代後半になって排外主義運動が顕在化した要因が解明される。『正論』『諸君』『Will』などの右派論壇においては,1990年代後半からアジアの近隣諸国と関連した歴史関連の記事の比率が増加していた。そうした「言説の機会構造」が,インターネットで広まった「嫌韓」「在日特権」というフレームと結びついて,排外主義運動が生み出された。1990年代後半からは,外国人参政権の問題の「安全保障化」が進められ,外国人参政権という争点と,「国境地帯」をめぐる外交的争点とが組み合わされていく。中国脅威論が台頭してくる中で,尖閣諸島沖での中国漁船衝突事故(2010年9月)が起こり,国境地帯の安全保障化が急速に進み,「国境防衛」は本来的には無関係な外国人参政権と結び付けられていった。外国人参政権を巡る日本政府の政策は,日本と,冷戦により分断された韓国・北朝鮮,そして在日コリアンという三者関係で規定され,日本政府が住民たる在日コリアンに直接向き合うという二者関係に基づく視点が乏しかった。排外主義においては,三者関係のうち「民族の祖国」と「ナショナル・マイノリティ」が渾然一体のものととらえられ,前者への敵意が後者への攻撃に転化した。日本型排外主義とは「近隣諸国との関係により規定される外国人排斥の動き」のことであり,日本の植民地支配の問題と冷戦に立脚するのである。日本型排外主義運動は単なるレイシズムとしての在日コリアン排斥ではなく,日本の負の歴史を体現する存在たる在日コリアンを,「汚辱の歴史と共に抹殺したいという欲望」のあらわれなのである。

 以上が本書の概要である。内外の学術研究を渉猟した上で,実証的調査によって通説を覆し,日本型排外主義の特徴を明らかにしていく過程は圧巻である。在特会をはじめとした排外主義的運動に参加する当事者へのインタビューを中心に構成したジャーナリスティックな書としては,安田浩一の『ネットと愛国――在特会の「闇」を追いかけて』(講談社,2012年)が知られていよう。本書は,学術研究に基づいて運動参加者への聞き取り調査の結果を再構成することで,安田や他の論者たちが見落としていた排外主義運動と政治イデオロギーの関連を明らかにするものである。

 若干疑問に思ったのは次の点である。上記のように本書は,在特会のような過激な運動と,保守的論壇などに見られる論調との連続性を強調している。しかし,排外主義的主張に共感することと,実際に運動に参加することの間には,決定的な差異があるのではないだろうか。本書を読んだ後でも,「なぜ在特会のような過激な活動に参加する人がいるのか」といった疑問は十分には解明されなかった。この点については,著者のさらなる研究を待ちたい。

 各章の論理的なつながりも明確で,理解を助けてくれる。ヘイトスピーチという重要な社会問題を語る上で,必読の書であることは間違いない。(創価大学文学部教授)

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