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紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

◆ 2013年上半期読書アンケート【3119号(7月13日発売号掲載)】

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評者◆澤田直ほか46名

▼2013年上半期に出版された書籍・雑誌等の中から印象に残った3点を選んでもらい、今回、46名にアンケートを寄せていただきました(順不同)。〔編集部〕

◆澤田直(フランス思想・文学)

1 中山智香子『経済ジェノサイド――フリードマンと世界経済の半世紀』(平凡社新書)

経済には疎くって、などとは言っていられない時代だ。あらゆるものを経済へと転換する言説が幅をきかせているからだ。そんな状況を経済オンチにも見事に解説してくれるのが、中山さんの『経済ジェノサイド』だ。読んでいくと、これまで漠然と抱いていた疑問がどんどん氷解し、内容の暗さにもかかわらず、爽快感を覚えた。

2 ジャン=ピエール・デュピュイ『経済の未来――世界をその幻惑から解くために』(森元庸介訳、以文社)

同じ関心を別の角度から捉えたのがデュピュイの『経済の未来』。哲学者がなぜ経済に取り組まなければならないのかが、具体的な実感を伴って見えてくる。セルジュ・ラトゥーシュの『〈脱成長〉は、世界を変えられるか?――贈与・幸福・自律の新たな社会へ』(中野佳裕訳、作品社)とともに、私たちのまわりで声高に叫ばれる経済成長の〈必要性〉に抗して、思考するためのヒントを与えてくれる。

3 上野俊也『思想の不良たち――1950年代 もう一つの精神史』(岩波書店)

大学での研究はますます細分化され、緻密ではあっても、小粒になっていく。本質的な問題をもっとダイナミックに考えたいと思いながら、果たせずにいるのだが、戦後すぐの時期には、重厚な問題に軽やかなフットワークで取り組んだ、鶴見俊輔、花田清輝、きだみのるなどの思想家がいた。上野さんの『思想の不良たち』は、そんな彼らのポートレイトを活写していて、読んでいてとても元気が出た。そう、学者はもっと不良になるべきなのだ。

『経済の未来 世界をその幻惑から解くために』

ジャン=ピエール・デュピュイ/著
森元庸介/訳

以文社

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◆鈴木一誌(ブックデザイン)

1 山城むつみ『連続する問題』(幻戯書房)

たとえば「大日本帝国憲法が改正された」と位置づけられる現行憲法を、戦前からの連続ととらえるか切断と把握するか。改正を裁可したのはほかならぬ天皇であり、ならば日本国憲法は天皇を裁くのは不可能となる。中野重治の「連続する問題」なるモチーフに、非連続的に連続しながら「政治が抱え込む『文学』を批判する」。

2 渡部直己『言葉と奇蹟――泉鏡花・谷崎潤一郎・中上健次』(作品社)

「いくぶんかの『物語』を孕まぬ『描写』もまた実は稀」である様相を細部から読み解き、「小説技術とは、創造にまつわる暗礁の異称にほかならぬ」事態を詳述した前著『日本小説技術史』(新潮社、2012年)と相まって、批評の立体像を構築する。

3 坂崎重盛『粋人粋筆探訪』(芸術新聞社)

軟派系文人の書籍や雑誌を、専門書ふうにではなく、夜店や露店の「カーバイトの光」で照らしながら渉猟する。ここでのテクストは、透明だとは見なされず、造本や紙の風合い、インキの匂いの領野に放たれる。「粋」とは、純度の高さではなく、清濁の巧みなブレンドの謂なのだ。「物語」を孕んでしまう「描写」のように。電子書籍をはじめとするデジタル・デバイスが要請する「テクストの構造化」が、私自身の文章意識を変えつつあるのを意識しながら、この三冊を読んだ。

『連続する問題』

山城むつみ/著

幻戯書房

『粋人粋筆探訪』

坂崎重盛/著

芸術新聞社

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◆天笠啓祐(ジャーナリスト)

 原発とTPP問題に、現在の状況は凝縮されている。しかし、書店の棚から原発関連の本が消えている。政治的にも、原発事故を過去のものにして葬り去ろうという力が強まっている。それでも、その流れに抗するように、数多くの原発関連で読み応えのある本が刊行されている。
 朝日新聞特別報道部『プロメテウスの罠』(学研パブリッシング)が第4巻まで刊行された。ほとんどのマスコミが「福島報道」をタブー視する中、現場から伝え続ける姿勢は頭が下がる。新聞の連載は3月までに500回を数えており、中心メンバーは当初から変わらないという。マスメディアの良心といえる。
 アレクセイ・V・ヤブロコフほか『調査報告 チェルノブイリ被害の全貌』(星川淳監訳、岩波書店)は、その豊富な調査とデータに圧倒される。チェルノブイリ事故から27年がたったが、その被害の全容が分かり始めたのは最近のことである。本書を読むと、福島第一原発事故も27年後にはどうなっているだろうか、と考えてしまう。
 グローバリズムの象徴になりつつあるのが、遺伝子組み換え食品である。アンディ・リーズ『遺伝子組み換え食品の真実』(白井和宏訳、白水社)は、その遺伝子組み換え食品の問題を多面的に分析したものである。TPPによって食と農の世界に何が起きるのか、本書を読むとよく理解できる。

『プロメテウスの罠 明かされなかった福島原発事故の真実』

朝日新聞特別報道部/著

学研パブリッシング

『チェルノブイリ被害の全貌 調査報告』

アレクセイ・V・ヤブロコフ/ほか著

岩波書店

『遺伝子組み換え食品の真実』

アンディ・リーズ/著
白井和宏/訳

白水社

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◆鶴見太郎(日本近現代史)

1 西川長夫『植民地主義の時代を生きて』(平凡社)

植民地に生まれたという原体験をその後の学者としての歩みの中で、誠実に反映させてきた著者の全体像を浮かび上がらせた一冊。留学時代の五月革命、「三・一一」など、自ら直面した重大な局面の中で若い世代から触発を受ける、その姿に独自の視点を感じる。

2 網野善彦『宮本常一『忘れられた日本人』を読む』(岩波現代文庫)

宮本常一という民俗学者は、後から続く者にとって、ますます興味を深めさせ、かつ歩きやすい道筋を作ってきた人物なのだということが、読むうちにゆっくりと伝わってくる優れた導きの書。

3 伊藤徳也編『周作人と日中文化史』(勉誠出版)

魅力的な論文集。一九二〇年代にあって、「革命をやらない人間」と自らを位置付け、「反革命の嫌疑」をかけられる予感とともに、民間歌謡の収集を続ける周作人の姿は、東アジア的な視野に立って民俗学と政治の関係を考える上で忘れずにおきたい。

『植民地主義の時代を生きて』

西川長夫/著

平凡社

『周作人と日中文化史』

伊藤徳也/編

勉誠出版

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◆安田敏朗(近代日本言語史)

1 朴貞蘭『「国語」を再生産する戦後空間――建国期韓国における国語科教科書研究』(三元社)

植民地宗主国がつくった制度を脱植民地化の際に流用していくことをベネディクト・アンダーソンは「配電システム」にふたたびスイッチをいれる、とたとえたが、「国語」が国民統合のための制度である以上、脱植民地化後の大韓民国も「国語」の中身を日本語から朝鮮語にいれかえて再度スイッチをいれた。朝鮮総督府のつくった「朝鮮語」教科書の課文が、そのまま韓国の「国語」教科書に流用されているといったことなどが実証的に示される。官僚や官僚制度の流用については従来指摘されてきたが、ほかの分野でもさらなる研究が期待される。

2 ロバート・フィリプソン『言語帝国主義――英語支配と英語教育』(平田雅博ほか訳、三元社)

原著は一九九二年刊。このころ日本で英語帝国主義論がはやった。先頭にたっていたのは大学の英語の先生が多かったが、なぜかこの本の翻訳にはかかわっていない。「日本語を英語から防衛せよ!」と絶叫する人や、グローバリゼーションの名のもとで学校の英語教育偏重に拍車がかかっている現状をみるにつけ、いまこそきちんと「打倒英語帝国主義」をとなえるべきではないのか。そのときに本書の議論は有効である。

3 樋浦郷子『神社・学校・植民地――逆機能する朝鮮支配』(京都大学学術出版会)

朝鮮神宮は、総督府よりも熱心に朝鮮人児童の「教化」に関与していった。修身教科書の配付式をおこなったり、「参拝証」を配って夏休みに早朝参拝させるなど。こうした細かな道具立てを検証しながら、過剰さと空回り具合を描きだし、植民地の日常の多層性をうきあがらせている好著。

『言語帝国主義 英語支配と英語教育』

ロバート・フィリプソン/著
平田雅博ほか訳

三元社

『神社・学校・植民地 逆機能する朝鮮支配』

樋浦郷子/著

京都大学学術出版会

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◆古賀徹(哲学)

モイシェ・ポストンの『時間・労働・支配――マルクス理論の新地平』(白井聡・野尻英一監訳、筑摩書房)によると、資本主義の問題は労働であり、それによって作り出される価値それ自体に凝縮しているという。著者の分析の通り、商品のうちに投下された労働時間であるはずの「価値」のうちに、すでに社会的支配が食い込んでいるとするならば、人々の時間はすでに労働において社会的に評価され編集されていることになる。このように労働が時間の評価=生成の現場だとすれば、資本主義を乗り越えるには、その「労働」から解放された人間の行為の理論、富の創造の理論を考えなければならない。著者のように考えるなら、それは昨今の地域デザインや社会関係資本といった発想のなかでマルクス主義を再生できるだろう。それを果たしてマルクス主義と呼べるかどうかは別として。

 書店の入り口にハウツー本や生き方本がベルリンの壁のように陳列されており、そのすべての表紙が「〜せよ」と私に命令してくる。息苦しい。とはいえそうした状況の責任の一端が、アカデミックな倫理学にあることも認めざるを得ない。生き方と古典教養を生き生きと媒介する叙述技術の欠落を埋めてくれるものは……楽しみにしていた村上春樹の話題の新刊『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文藝春秋)が自己承認をめぐるライトノベルのようでがっかりするも、そんな引き裂かれた思いの慰めになったのが、安冨歩『合理的な神秘主義――生きるための思想史』(青灯社)である。一風変わった読み方指定は思想遊園地のジェットコースターのようであり楽しい。

『時間・労働・支配 マルクス理論の新地平』

モイシェ・ポストン/著
白井聡・野尻英一/監訳

筑摩書房

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◆四方田犬彦(映画論・比較文学)

1 シオラン『ルーマニアの変容』(金井裕訳、法政大学出版局)

1は1936年にブカレストで刊行され、著者によってその後厳重に封印されていた憂国論文集。4年前にようやく仏訳が出た。民衆文化しか創造できない小国ルーマニアへの憎悪愛が、著者をヒトラー讃美へと向かわせる。大国の最下層から這い出たセリーヌの『苦境』と同時期の著作として、比較してみたい。二人は同い年である。当時の日本の知識人が叫んでいた、日本の「世界史的使命」とも。わたしは深い感動をもって読み終えた。

2 堀川惠子『永山則夫――封印された鑑定記録』(岩波書店)

2は、ある精神科医が苦心して作成したものの、裁判で一顧だにされてこなかった連続射殺犯をめぐる鑑定記録を、丁寧に読み解いた上で執筆された。永山はどこでセリーヌと接続されるか。

3 上野俊也『実験工房展――戦後芸術を切り拓く』(読売新聞社)

3は1950年代の日本の前衛芸術運動をめぐる貴重な展覧会のカタログ。このところ上野俊哉による花田清輝の読み直しやら、『具体』の国際的展覧会の成功やら、50年代の前衛をめぐる批評言語がふたたび活性化してきた。

 次点として、これはフランスであるが、カルロッタが吉田喜重の伝説的なTVドキュメンタリー『美の美』を3枚組DVDとして刊行したことを挙げておきたい。DVD刊行は日本の紀伊國屋書店が世界で最高水準のプログラムを示してきたが、パリも負けていなかった。ルーブル美術館の教育映像が氾濫しているパリでこの作品が発売されたのは、吉田をめぐる作家主義が健全に働いているということだ。

『ルーマニアの変容』

シオラン/著
金井裕/訳

法政大学出版局

『永山則夫 封印された鑑定記録』

堀川惠子/著

岩波書店

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◆坂野徹(科学史・人類学史)

1 中山茂『一科学史家の自伝』(作品社)

クーン『科学革命の構造』の翻訳者・紹介者として知られ、戦後日本の科学史研究をリードしてきた第一人者の回想録。ブログ連載中から関係者の間で密かに話題になっていたものが、ついに本となった。広島での被爆体験から、戦後間もない時期のハーバード留学、東大「万年講師」となった顛末と苦悩(ここは関係者を何人か知っているだけに少々複雑)、クーンやニーダムをはじめとする世界各国の著名研究者との友誼、知識人としての幅広い活動まで。著者の記録は、戦後日本の大学、知識人、社会運動、メディアなどの歴史に関する貴重な証言となっている。

2 デイビッド・C・リンドバーグ『近代科学の源をたどる――先史時代から中世まで』(高橋憲一訳、朝倉書店)

もう一冊科学史関係の大著を。古代、中世の西欧科学史に関する日本語で読める通史が刊行されない状態が長きにわたり続いてきたが、アメリカで科学史の教科書として刊行された本書の翻訳は私のような「はずれもの」科学史家にとってもありがたい限り。最新の研究成果を踏まえた歴史叙述は文句なしに面白いし、自分が講義でいかにいい加減な話をしていたかを反省させられた。

3 『別冊太陽 寺山修司――天才か怪物か』(平凡社)

没後三十年たったということ自体信じられない気がするが、今再び寺山修司ブームが来ているらしい。わずか四十七年の人生を全速で駆け抜けた寺山の足跡を、プライベート写真や自筆ノート、芝居・映画関係資料などの美しい画像でたどることができるのが嬉しい。

『一科学史家の自伝』

中山茂/著

作品社

『近代科学の源をたどる
先史時代から中世まで』

デイビッド・C・リンドバーグ/著
高橋憲一/訳

朝倉書店

『寺山修司 天才か怪物か』

九條今日子・高取英/監修

平凡社

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◆上村忠男(学問論・思想史)

1 アーサー・O・ラヴジョイ『存在の大いなる連鎖』(内藤健二訳、ちくま学芸文庫)

微力ながらもジョージ・スタイナーのいう脱領域的な思想史研究をめざしてきた者にとって、本書は一九七五年に晶文社から刊行された日本語訳で接して以来手本のひとつでありつづけている。このたびのちくま学芸文庫本に寄せられた高山宏の解説も、本書を〈いま〉読むことの意味について熱っぽく論じていて、共感するところが少なくなかった。

2 小林敏明『西田哲学を開く――〈永遠の今〉をめぐって』(岩波現代文庫)

西田幾多郎の中心概念のひとつと目される「永遠の今」をプラトンとアウグスティヌスからハイデガー、デリダ、アガンベン、木村敏にいたるまでの古今東西の諸言説と突き合わせながら、西田哲学を外部に向けて開こうとした意欲作。なかでも、第六章「現在――カイロスの系譜」(初出『思想』二〇一〇年第三号)が出色。

3 東京新聞「こちら特報部」編著『非原発――「福島」から「ゼロ」へ』(一葉社)

わたしは昨年四月、新聞の定期購読をそれまでの『朝日新聞』から『東京新聞』に切り替えた。福島第一原子力発電所の事故をめぐる『東京新聞』の報道が異彩を放っているということを知ったからだ。その『東京新聞』の「こちら特報部」面に3・11以来掲載されてきた原発関連記事のうち、二〇一二年三月までの一年分から三八五本を選んで収録した本書がもつ、編者いうところの「瓦版の足跡」としての意義には、ことのほか大きなものがあるといってよい。

『存在の大いなる連鎖』

アーサー・O.ラヴジョイ/著
内藤健二/訳

筑摩書房

『経済の未来 世界をその幻惑から解くために』

東京新聞「こちら特報部」/編著

一葉社

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◆青木孝平(社会哲学・経済思想)

1 大村英昭・井上俊編『別れの文化――生と死の宗教社会学』(発行‥書肆クラルテ/発売‥朱鷺書房)

1は、社会学者と宗教家のコラボによる多彩な講演集。人間を他者との関係的存在として捉え、死の意味づけを宗教儀礼による祈りと救いに求める視点は、本書の重い通奏低音をなす。この死生観は、同時期に井上らが訳出したランドル・コリンズ『脱常識の社会学 第二版――社会の読み方入門』(井上俊・磯部卓三訳、岩波現代文庫)の、社会の存立根拠を合理的契約ではなく非合理的な儀礼的相互作用に求める見解とみごとに共振している。

2 日下渉『反市民の政治学―フィリピンの民主主義と道徳』(法政大学出版局)

2は、フィリピンのスラムに日々生きる人びとの暮らしをフィールドワークし、「市民的道徳に基づく正しい民主主義」という通俗的な言説の欺瞞性を暴く。これに、貧しくも逞しい大衆にやどる新たな共同性を対置する、批判精神に満ちた気鋭の労作。

3 菊地史彦『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー)

3は、約七〇年に及ぶ壮大な日本の戦後史を、労働の崩壊、家族の変容、消費のアメリカ化をキーワードにして緻密かつ実証的にたどる。映画・アニメ・小説・歌謡などサブカルチャーの文化社会学的分析が時代の変遷を正確に写し出し、現代日本人の屈折し孤立した自画像のスケッチが「幸せ」という反語に不思議な説得力を与えている。

『別れの文化 生と死の宗教社会学』

大村英昭/編
井上俊/編

書肆クラルテ

『「幸せ」の戦後史』

菊地史彦/著

トランスビュー

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◆川本隆史(倫理学・社会哲学)

1 中野敏男『マックス・ウェーバーと現代・増補版』(青弓社)

話題を呼んだ近作『詩歌と戦争――白秋と民衆、総力戦への「道」』(NHKブックス、二〇一二年)は、「抒情」から「翼賛」に向かった北原白秋の軌跡と同時代の民衆の心情の文化史とを見事に描き分けていた。同書が方法論として活用した「解明的理解」および「物象化としての合理化」を、ウェーバーに内在しつつ分析した著者デビュー作の三〇年ぶりの復刊。熊野純彦の解説も読ませる。

2 中野晴行監修、手塚治虫ほか著『原爆といのち』(金の星社)

選集『漫画家たちの戦争』(全6巻+別巻1)の一冊。地元紙の文化センターで「ヒロシマで正義とケアを編み直す」と題する市民向け講座を始めた。初回にとりあげたのが中沢啓治(故人)の『はだしのゲン』。その原型をなす自伝漫画『おれは見た』(一九七二年)ほか五作品が再録されている。

3 市野川容孝・宇城輝人編『社会的なもののために』(ナカニシヤ出版)

社会主義への「忌避」と社会学者たちの「忘却」ゆえに、ソーシャルという形容詞が含意する平等や連帯への志向性は日本語の土俵においてじゅうぶんに問題化されてこなかった。そうした現状に抗して編まれた論集じたいが「社会的なもの」の再生の可能性を示唆している。

番外として、木村直恵の卓論「明六社『ソサイチー』・社交・アソシエーション実践」(『学習院女子大学紀要』第15号)を強く推す。木村のこの間の地道な探究が一書にまとまり、市野川らの仕事との対論が始まるのが楽しみだ。

『マックス・ウェーバーと現代』

中野敏男/著

青弓社

『原爆といのち』

中野晴行/監修
手塚治虫/ほか著

金の星社

『社会的なもののために』

市野川容孝・宇城輝人/編

ナカニシヤ出版

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◆金森修(哲学)

1 藤田直哉『虚構内存在――筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』(作品社)

単なる虚構だけではなく、メディア環境の中で多重的に生きるしかない現代人が、現実と虚構をどのように輻輳させ、交差させて生きているのかを、筒井康隆の諸作品に寄り添いながら論じたもの。想像的なもののほぼあらゆる位相での増殖を、異常とみるのではなく、新たな生の可能性の契機とみる視線が、どこか若々しい。他方で、「世界不共和国」の提唱も、リアルな感覚に基づいた秀逸なもの。まだ若い著者にエールを送りたい。

2 リピット水田堯『原子の光(影の光学)』(門林岳史・明知隼二訳、月曜社)

可視と不可視の境界を巡る諸問題を、文学、思想、映像作品などの異分野を横断しながら論じようとする。これは高次のキアスマ論だ。その際導入される「没視覚性」という概念は、正直やや分かりにくい。ともあれ、この本の強みは、その種の概念仕立てよりも、彼が注目する具体例の多様さとその編成の巧みさにある。また視覚や光という話題の後ろに控える原爆の炸裂という心象が論の縦糸を作っており、不穏な雰囲気が漂っている。

3 ロバート・ステッカー『分析美学入門』(森功次訳、勁草書房)

近年の英米系の美学・芸術学でどのような議論がなされているのかを知るにはとても便利な一冊。訳者は一応断ってはいるが、別に論理式を多用しているわけでもなく、この本に「分析美学」という形容を与えることは、どちらかというと誤解を呼ぶものではないだろうか。しかし内容は面白く、作りも、いい意味でとても教育的なスタイルをとっている。

『原子の光〈影の光学〉』

リピット水田堯/著
門林岳史/訳
明知隼二/訳

月曜社

『分析美学入門』

ロバート・ステッカー/著
森功次/訳

勁草書房

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