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▼花村萬月肉筆メッセージ ▼花村萬月作品リスト |
「私の故郷、五島を見ませんか?」と教子は誘う。 密かに修道院を抜け出し、 隠れキリシタンの島をめぐる 二人きりの旅の先々で、 朧が垣間見せる<殺人者の横貌>。 | |||||
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『汀にて 王国記U』 (2001年2月刊) 夜半のプレハブ倉庫で、いつものように抱き合った後、「私の故郷、五島を見ませんか」と、教子は誘う。日記をシスターに盗み見られて、男と逢っていることがばれた彼女は、修道院を追い出されるというのだ。 修道院を抜け出し、五島列島にとんだ朧と教子は、ひそやかに隠れキリシタンの跡をのこす島内をめぐる。朧の肉体に強烈に引きつけられるが故に、相手を注意深く観察する教子は、そのうち、朧が人を殺したというのは本当だろうと確信するに至るのだが……。 「愛する人であっても、意見を異にすればあなたは迫害するのです」 私は進行方向を凝視したまま、頬笑みを泛かべる。 宗教とは人々に大きく双手を拡げて迎えいれるポーズをとる一方で、意に染まない者を徹底的に殺す。 宗教の本質は、排除だ。 宗教的人格というものがたしかに存在するのだ。 そして宗教的人格を纏ってゆるぎない人は、私のとなり、助手席で貧乏揺すりを続けている。(「汀にて」より) 教子は性にのめり込むほどに、相手に支配されることを希い、いまや朧は彼女にとって、あたらしく作り上げた神様なのだった。赤羽元修道士と同じく、「神様なんて、絶対にいない」と思う教子は、自分の肉体を通して見つけた神をあがめることを選ぶ。修道院内を舞台にしてきた<王国記>シリーズが新展開をみせる表題作「汀(みぎわ)にて」と、ふたたび赤羽の視点から語られる「月の光」。朧の子供を産んだシスター・テレジアは死の床についていた。出生届さえ出されていない、ただそこに存在するだけの赤ん坊に、赤羽は何ともいいようのない慈愛を感じるのだが。 聖と俗とが絡み合い、方々へのびてゆく物語の触手、「時代がどんなに変わっても、人間の肉体の感覚だけは不変」という著者の信念は、この宗教と人間をめぐる物語に、従来の観念的な宗教譚にはない切実さをもって、訴えかけてきます。行く先が見えないいまの時代に、作家ならではの一石を投じています。 ▼『汀にて 王国記U』立ち読みコーナーへ ●五島の萬月さん − 「汀にて」取材記 文學界編集部・舩山幹雄 花村さんとヒワタリとわたしは一昨年9月に長崎経由で五島の福江島に「汀にて」の取材に向かいました。 福江島は歴史ある教会がたくさんあり、地図を見てひとつひとつ回っていきました。タクシーに乗るやいなや、花村さんは「ジャーン、用意してきたもんね」とメモ帳を取り出し、運転手さんに熱心に質問しはじめました。 二日目になると、教会にも飽きたのか、だんだん無口になり、構想を練っているのか、ジーッと景色を眺めているかと思うと、「ゆうべは悪さをしなかったのう」とか「きのうのチャンポンうまかったのう」とか呟いたりしていました。 ところが、淵ノ元のキリシタン墓地へ着くと、花村さんの態度は一変したのです。淵ノ元は島の北西の端に位置し、近くには集落もなく、運転手さんも初めていくという場所でした。空はどんよりと曇っていて、海に面して、百基くらいのお墓がならび、お墓にはつい最近活けたような黄色や赤や青色の鮮やかな花が咲いていました。 花村さんは、タクシーから降りると、嬉しそうな、でも目は真剣な顔つきで、ひとりで黙って墓地をすみからすみまで見て歩いていました。墓碑銘をメモしてるかと思うと、海の向こうをながめていたり、立ったり座ったり、いろんな格好をしていました。 「花がやけにキレイですね」 とわたしが言うと、 「わかんないの? これ、造花やんけ」 と花村さんは言いました。あッと思っていると、花村さんは「この場所に来られてよかったよ」とひとこと言い、車に戻っていきました。車の中ではまた「昼はチャンポンがいいかのう」とか「今夜も悪さをする場所はなさそうだのう。健康的だのう」などと呟いていました。 おそらくこのとき、花村さんの頭の中にはすでに、あの感動的な「汀にて」のラストシーンが、浮かんでいたのだと思います。 |
●花村萬月のライフワーク<王国記>シリーズ 花村萬月氏の最新刊『汀(みぎわ)にて 王国記U』(2月16日発売)は、<王国記>シリーズの三巻目。王国記Uと便宜上付けておりますが、98年に刊行された『ゲルマニウムの夜』(第119回芥川賞受賞)がシリーズの一巻目、二巻目は『王国記』、それに続くのが本書です。「王国」とは、本作品の主人公である22歳の青年・朧(ろう)が目指すところ、精神的支配の究極の境地……やがては新興宗教の祖となり自らの王国を建設する男を軸に、現代における「神と人間」の関わりを問う著者のライフワークです。著者自身「いつ終わるのか判らない」と語るこの長い長い小説は一冊に2〜3篇の中篇を収め、そのひとつひとつが作品群となって大きな物語をかたち造っていきます。 |
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●『ゲルマニウムの夜』の思わぬ余波 1998年夏、『ゲルマニウムの夜』が芥川賞を受賞したときには、凄まじい数の取材が著者に殺到しました。これは、『ブルース』『笑う山崎』のヒット作をはじめ二十冊以上の著書をもつ人気作家ということは勿論ですが、同時に直木賞を射止めたのが、車谷長吉氏の『赤目四十八瀧心中未遂』であったことから、本来、純文学の分野で活躍する作家に与えられる賞イコール芥川賞、エンターテインメントの分野の作家には直木賞というそれまでの文壇的棲み分けが取り払われた結果に、当時の経済状況になぞらえて「文芸ビッグバンの時代か!?」と話題になりました。新聞、テレビ、文芸誌、情報誌、女性誌……百件を超える取材インタビューの中には、60〜70年代に流行したモッズ・カルチャーについてフリーペーパーを出している若者たちからの依頼もありました。 「日本の小説は殆ど読んだことがなかったんですが、『ゲルマニウムの夜』はショックを受けたんです。漢字も読めないのがあるし、内容も全部はよく判らないんですけど、なんかスゴいなって思って……」 日頃から「読んでから悩む小説が書きたい。本を閉じてからはじまる読書」と話す著者のまさに意に適った反応でした。 その後、韓国で翻訳された『ゲルマニウムの夜』が、過分に性的、暴力的だと青少年保護法における有害刊行物という指定を受け、18歳以下には売らないこと。つまり成人用としてビニールをかけることを義務づけられたのですが、その制限下でも版を重ねており、異例の反響を得ています。 |
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